経産省はクーデターの謀議を認めないし、検察はたんなる金融商品取引法違反と特別背任だというでしょう。首相や官邸は、「そんな話はいっさい知らなかった」で済ませばいい。
とはいえ、政権幹部が「この捜査はおかしい」と言い出せばすべてひっくり返ってしまうのですから、ゴーン氏が出来レースを疑うのは当然です。もちろんフランスも、ルノーと日産の統合を国策で進めていたわけで、そういう意味では国家vs国家の謀略に巻き込まれたともいえます。
しかし、そうやって日本政府が必死に守ったところで、日本の自動車メーカーが10年後に残っている可能性がどれほどあるでしょうか。
日本が国の総力を挙げても小型ロケットをようやく打ち上げることしかできないのに、イーロン・マスク氏はスペースXで大型ロケットを次々と打ち上げながら、テスラで電気自動車をつくっている。その圧倒的な技術力を見せつけられると、日産どころかトヨタやホンダですら対抗できるかどうか疑問です。AIによる自動運転と電気自動車が実用化し、急速に普及すれば、日本やドイツの既存の自動車メーカーはすべて脱落していくのではないでしょうか。
そう考えれば、ゴーン氏追放の影響はじつはそれほど大きくないことがわかります。イノベーションなき製造業は、どちらにせよ生き残っていけないわけですから。
●橘玲(たちばな・あきら)/1959年生まれ。小説『マネーロンダリング』(デビュー作)や『タッスクヘイブン』のほか、『言ってはいけない』『上級国民/下級国民』など著書多数。
※週刊ポスト2020年5月1日号