「植木に言わせれば、『芝居で涙なんか流しちゃダメだ。涙を流すマネをするんだ。鼻水がダラダラ出て、セリフが言えるか』ということです。
その参考にするために『人形浄瑠璃を見なさい』と言われました。人形浄瑠璃は表情がないでしょう。手足とセリフだけで、泣いているように見える。これが俺たちの喜劇なんですよ。何も顔が動かなくとも、表情豊かに泣いているように見える。そういう所作を知らないと、芸としてできません」
コメディアンとして長年生きてきたからこそのプライド。それは今回のインタビューのそこここで感じることができた。
「舞台ではコメディアンという立場でやってきました。『今日はちょっと早めに帰らせてもらいます。ちょっとテレビドラマに呼ばれまして』なんて劇場で言うと、先輩たちから『ああ、そうか楽しに行くんだな。行ってこい』と言われましたよ。シリアスは『楽』なんです。だって、人を笑わせるということが、どれほど難しいか。
笑わせて泣かせるのが、喜劇の王道です。例えば私がこの白髪を振り乱して『電線に!』とかいって大汗かいて踊って、で最後に哀しい芝居をしたらほろっと泣かせられる。泣かせるだけなら、なんでもないんです。
でも、それをしないんです。たとえ踊っている時に舞台袖から『お父さんが亡くなったよ』と言われたとしても、やりきる。古い男なのかもしれませんが、そうありたいと思います」
●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『すべての道は役者に通ず』(小学館)が発売中
■撮影/片野田斉
※週刊ポスト2020年5月22・29日号