「我慢」し過ぎたか、十代後半の娘に遅い反抗期がきて、十八歳で家を出た。父が著述家として名を馳せるのはそのあとである。「るん」という美しい名前は、鴎外の小説『じいさんばあさん』からとった。
江戸中期、三十七年間の余儀ない別離ののちに夫と再会した美濃部るんは、麻布竜土町の小さな家で老いの平和をたのしんだ。現代の勝ち気な娘内田るんは、父からの「詫び状」を三十一年後に受取り、凝っていた気持をくつろげた。このとき父と娘の「困難なものがたり」は「記憶の編集」を経て「歴史化」された。
※週刊ポスト2020年9月4日号