「彼のエネルギーを僕が出すのは無理なんです。でも──これは妄想なのですが──エディ・マーフィになったつもりでやっていました。スタジオでも革靴ではなく運動靴を履いていましたし、体も動かしました。
声を当てるといっても、首から上だけに重点を置かなかったんです。僕も役者ですから、どういう気持ちでエディ・マーフィは演じているのか、この役の人間はどういう気持ちでいるのかを大事にしようと。
それと同時に、あれだけ素敵な役者の邪魔をしたくなかった。つまらない色付けをして、自分を出したくないと思ったんです。僕がやっていると知られなくていい。エディが日本語を喋っているぐらいに視聴者は思ってくれていいという感じでした」
九五年に始まった紀行番組『世界ウルルン滞在記』(TBS系)ではナレーションを担当、独特の節回しが話題になった。
「出ている役者さんもスタッフも物凄く大変なスケジュールで毎週やっているのに、僕は快適なスタジオで収録している。みんな辛い想いをしているのに、僕だけコーヒーを飲みながらやっているわけです。『歩いて五時間』と僕は口で言うだけですが、彼らは本当に五時間歩いている。
それで、彼らのサポーターのつもりでいました。『がんばれ!』という気持ちを込めて。
キザな言い方ですが、一枚の絵に蝶々が、花が、木々が、葉っぱが、雲が描かれていて、そこに僕のナレーションが息を吹き込むことで風が流れ、それぞれが動いて生きてくる。そういうスタンスでナレーションをやらせてもらっていました」
●かすが・たいち/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『すべての道は役者に通ず』(小学館)が発売中。
※週刊ポスト2020年8月28日号