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【川本三郎氏書評】恩田陸が描く郷愁溢れる都市伝説の物語

『スキマワラシ』恩田陸・著

【書評】『スキマワラシ』/恩田陸・著/集英社/1800円+税
【評者】川本三郎(評論家)

 古いものは美しい。そして古いものには物語が潜んでいる。恩田陸が、またノスタルジーあふれる都市伝説の物語を書いた。幻想小説ではあるが、大仕掛けはない。普通の暮しの隣りにふっと小さな異変が現われる。

 古道具屋を営む兄弟が主人公。古物を扱う店という設定からして現代が舞台なのに淡いセピア色がかかっている。兄が襖に付いている引手を磨くのが趣味というのが面白い。ドアノブや蝶番など古い金具全般を磨くのが好き。現代社会から少しずれたところで生きている。

 弟のほうは、中学の同窓会で「おまえ、女のきょうだいいたよね?」と言われる。髪の長い女の子と歩いていたという。もちろんそんな記憶はない。弟には「アレ」がある。「アレ」とは何か。兄弟のあいだで秘密になっているが、弟には時折り、古いものが持つ記憶が見える不思議な力がある。といっても超能力といった大仰なものではない。現在の風景のなかにふっと自然に過去の風景が見えてくる。

 兄弟のまわりには古いものが好きな人間が集まる。彼らのあいだにこんな都市伝説が広まっている。古い建物を解体していると、その工事現場に、見たことのない女の子が現われ、すぐに消える。麦わら帽子をかぶって白い服を着ている。妖精のよう。いろいろなところでその話を聞く。兄は、女の子を「座敷童子」ならぬ「スキマワラシ(隙間童子)」と呼ぶ。

 兄弟はこの幻の女の子を探そうとする。弟の持つ「アレ」の能力が力になる。古いものに触れると過去が見えるあの不思議な力。この小説には、引手をはじめ、使われなくなったタイルや胴乱、解体される山の中の診療所や消防署、あるいは再開発されてゆく横浜の悪所など古いものや場所が次々に描かれてゆく。解体現場に一瞬現われるスキマワラシは、消えゆくもの、失なわれてゆくものの霊なのかもしれない。そこが切ない。

※週刊ポスト2020年9月11日号

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