ただし、その火の粉はトランプ氏自身もかぶることになった。辞任した高官たちは、次々とトランプ大統領の暴言や、国家・国民を裏切る行為を暴露している。なかでも重要なのは、日本ではほとんど報道されていないようだが、ティラーソン元国務長官が証言した「重要書類に目を通さない」という悪癖である。コロナ問題ももちろん含まれるだろうが、安全保障や国民の生命に関わるような重要な書類には、必ず「Priority(優先)」というマークが付けられて大統領に真っ先に渡される。ところが、ティラーソン氏によれば、トランプ氏はそれを見ないというのである。コロナに関する報告を無視したことからも、それは本当なのだろうと想像できる。そのメモひとつで、何万人もの命が助かるか失われるかが決まることも少なくない。コロナはまさにそうだった。
筆者はかつて国連で働いた経験があるが、今も昔も緊急の重大事項はメールや電話や分厚い報告書ではなく、小さなメモの形にした公文書でやり取りされる。情報漏洩を防ぐ意味もあるからである。これは余談だが、ワシントンの公文書館には、ウォーターゲート事件で辞任に追い込まれたニクソン大統領が、最後に国務長官だったキッシンジャー氏に渡したというメモが展示されている。たった1行だ。
I resign the president of the United States.(私は合衆国大統領を辞める)
世界の歴史はそんなメモひとつで大きく動くものである。トランプ氏の「書類見ない主義」はどれだけ多くの失政を生んだかわからない。
選挙戦は最終盤になって、トランプ氏が激戦州で猛然と追い上げている。現職が選挙直前に強いというのはこれまでの大統領選挙でも見られた現象だが、トランプ氏はパワフルで人を動かすのがうまいから、まだ結果はわからない。その陰で、トランプ氏を支持する民兵組織(ミリシア)や陰謀論者の集まりであるQAnon、そして、それらに対抗する左派組織ANTIFAに同調する一部の過激派などが、選挙当日までに大きな武力衝突を起こすのではないかと懸念されている。
選挙を数日後に控えて、アメリカの空気は不穏で暗い。