トランプ時代とは何だったのか。仮にこれから政権移譲がすんなり進んだとしても、トランプ大統領が残した爪痕はアメリカ社会に深く残るだろう。ニューヨーク在住ジャーナリスト・佐藤則男氏が、これから始まるアメリカの困難な挑戦を指摘する。
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いささか個人的な体験で恐縮だが、筆者がジャーナリズムの基本を学んだ「2人の恩師」を紹介したいと思う。
1人目は、コロンビア大学ジャーナリズムスクールの学部長であったジョーン・コナー氏だ。個人的に12年間、彼女と仕事をする機会を得て、繰り返しその考えを聞いた。NBCテレビで活躍し、エミー賞受賞者でもある彼女は、世の中を見るセンス、インテリジェンス、人脈はもちろん、人柄、信用、名声においても超一流のジャーナリストだった。仕事のうえで、そんな人物から「タダで」「ワガママに」教えを受けたことは幸運である。
そのコナー氏がいつも言っていた言葉がある。「ジャーナリズムの目的は民主主義の確立にある。しかし、民主主義は言葉としては存在するが、現実に作り上げることは永遠に不可能だ」というのである。そして、ジャーナリズムに携わる者がすべきことは、その困難に挑戦することであり、挑戦を続けることが社会を民主主義に近づけていくのだと教えてくれた。この話をするとき、彼女はいつも決意と誇りに満ちた表情になった。
トランプ大統領は、自分に批判的なジャーナリズムをすべて「フェイク」だと攻撃し、一切受け入れない。自分を持ち上げていたFOXニュースだけに何度も何度も登場し、そのFOXがトランプ氏の選挙後の態度を批判すると、今度はFOXさえも攻撃対象にした。民主主義を確立するのがジャーナリズムの役割であるなら、FOXにせよ、反トランプの立場のCNNやMSNBCにせよ、立場や主張の違いを認め、常に公平・公正に議論する姿勢が必要だ。右と左の対立を煽り続けるトランプ氏の手法が国全体に広がっている今、その大切さが浮き彫りになっている。
ジャーナリズムの側も反省と覚悟が必要だろう。コナー氏と並び、筆者が直接影響を受けたのは、ケーブルテレビ時代より前にテレビジャーナリズムのスターとして活躍したCBSの伝説的キャスター、ウォルター・クロンカイト氏とダン・ラザー氏であり、ニューヨーク・タイムズ記者としてベトナム戦争を徹底取材して名を馳せたデイヴィッド・ハルバースタム氏であった。いずれも、権力者に屈しない精神と、公平・公正であろうとするプロ根性の持ち主だった。89歳のラザー氏を除き、2人は鬼籍の入ってしまったが、彼らがトランプ氏の言動と、それを許してしまう今のメディアの在り方を見て何を言うだろうかと考えずにはいられない。コナー氏が指摘するように、民主主義を「確立」することは不可能なのかもしれないが、彼らであれば、トランプ氏に対しても、「賛成か反対か」といった単純な評価はしなかっただろうし、困難な挑戦を辛抱強く続けただろうと思う。