そして、もう1人の「恩師」に挙げたいのが、19世紀フランスの思想家、法律家、政治家であったアレクシ・ド・トクヴィルだ。もちろん、筆者が生まれるはるか前に亡くなった歴史上の人物で、明治時代に福沢諭吉が日本に紹介し、黎明期の日本の民主主義に大きな影響を与えている。筆者は学生時代にその代表作である『Democracy in America(アメリカの民主主義)』(原書はもちろんフランス語で、原題はDe la democratie en Amerique)を、辞書を引き引き読み、強く心を打たれた。
トクヴィルは、19世紀初頭に、新興の民主主義国家であったアメリカを旅した経験をもとに同書を執筆し(第1巻は1835年刊)、そのなかで、当時のアメリカが近代社会の最先端を突き進んでおり、新時代の先駆的役割を担う国家になるだろうと予言している。アメリカの独立宣言は1776年、まだ南北戦争前のよちよち歩きの国をそこまで評価した先見の明もさることながら、もっと驚くのは、すでにその時点で、アメリカが将来は経済と世論が腐敗して混乱に陥るとも指摘していることだ。トクヴィルは、民主政治とはすなわち「多数派(の世論)による専制政治」であると断じ、その多数派を構築するのは新聞、つまり現代で言うならメディアになると結論づけた。
トランプ氏は、良くも悪くもメディアの寵児だ。世論を動かし、煽り、多数派を作るのはお手のもの。それが現実に政治的なパワーとなる今のアメリカを作ったのは、トランプ氏ではなく国民であり、メディアだ。200年も前にフランスの天才が予言した通りの混乱と腐敗を乗り越えられないなら、アメリカは衰退の道を歩むことになる。
FOXがトランプ氏の態度を批判し、SNS大手はトランプ氏の発言に「警告」をつけたり、支持派のデマや過激な発言は削除したりして「世論の専制」に対処し始めた。しかし、それはトランプ支持を減らすことにはならない。共和党支持者の半数以上が、トランプ氏の嘘に影響されて「民主党の不正選挙でバイデンが勝った」と信じており、右派のパトロンたちが立ち上げた“一切検閲しない”SNS「パーラー」は、全米のアプリダウンロード数で11月にはトップに躍り出た。これからも長く困難な左右の対立が続くことは避けられない。
トクヴィルは、大衆世論の腐敗・混乱を正すには宗教者や学者、長老政治家といった「知識人」の存在が重要だとし、民主政治は大衆の教育水準や生活水準に大きく左右されると述べている。アメリカが立ち直るには長い時間がかかるだろうが、その困難に挑戦するジャーナリストや知識人が立ち上がるべき時代なのである。