ライフ

【関川夏央氏書評】インプットばかりで精神が便秘状態の現代

作家の関川夏央氏

作家の関川夏央氏が注目の本を紹介

【書評】『自分の薬をつくる』/坂口恭平・著/晶文社/1500円+税
【評者】関川夏央(作家)

 二〇二〇年はコロナの年。それから「心の病気」の年? 双極性障害(躁鬱病)、自律神経失調症などに加え、今年の「流行」はADHD(注意欠如・多動性障害)を含む発達障害のようだ。

 自分は病気? と不安に思う人々があふれる原因のひとつは情報過多だろう。ネットでついつい、病気・不安の「まとめサイト」を見てしまう。すると誰でも、多かれ少なかれ当てはまる。医者だけが病名をつけるのではない。本人もつける。病名がつけば病気になる。

 自身も相当振れ幅の大きな双極性障害を病む坂口恭平が、『自分の薬をつくる』と名づけた演劇ワークショップ(実験上演)を行ない、その記録を本にした。ほんとうに薬品をつくるのではない。気の持ちようと生活習慣をかえること、それから「アウトプット」することが「自分の薬」である。

 現代では、いくらでも情報をインプットできる。しかしアウトプットしない。食べても出さないのとおなじで、精神はつねに便秘状態、体内に「声にならない声」(不満・悲鳴)がたまる。それをアウトプット(解放)してやる。内心の声(幻聴)の記録、実現しない趣味の壮大な企画書、何でもいい。

 集中、一途、頑張りは体によくない。実現をめざすのもよくない。「多彩に多様に中途半端に(笑)、充実してみましょう。体はとても落ち着くはずです」という坂口恭平が「医者」役をつとめ、二十二人を一人ずつ「診察室」に呼んで話しあう。相手は「患者」役だが、病気の人を集めたわけではないのに、みな不安な心情と自意識の傷を持つ。

 それをホワイトボードで仕切っただけ、「ダダ洩れ」の「待合室」で他の患者たちが聞いている。そこがミソだ。他者の相談を聞くと、本人の深刻さと第三者の評価の落差がよく見える。自分の悩みも。この本は、悩み苦しむ現代日本人の実像を軽快にえがいている。なぜ人間に「演劇」が必要とされてきたか、その理由もよくわかる。

※週刊ポスト2021年1月1・8日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

NHK中川安奈アナウンサー(本人のインスタグラムより)
《広島局に突如登場》“けしからんインスタ”の中川安奈アナ、写真投稿に異変 社員からは「どうしたの?」の声
NEWSポストセブン
カラオケ大会を開催した中条きよし・維新参院議員
中条きよし・維新参院議員 芸能活動引退のはずが「カラオケ大会」で“おひねり営業”の現場
NEWSポストセブン
コーチェラの出演を終え、「すごく刺激なりました。最高でした!」とコメントした平野
コーチェラ出演のNumber_i、現地音楽関係者は驚きの称賛で「世界進出は思ったより早く進む」の声 ロスの空港では大勢のファンに神対応も
女性セブン
文房具店「Paper Plant」内で取材を受けてくれたフリーディアさん
《タレント・元こずえ鈴が華麗なる転身》LA在住「ドジャー・スタジアム」近隣でショップ経営「大谷選手の入団後はお客さんがたくさん来るようになりました」
NEWSポストセブン
元通訳の水谷氏には追起訴の可能性も出てきた
【明らかになった水原一平容疑者の手口】大谷翔平の口座を第三者の目が及ばないように工作か 仲介した仕事でのピンハネ疑惑も
女性セブン
襲撃翌日には、大分で参院補選の応援演説に立った(時事通信フォト)
「犯人は黙秘」「動機は不明」の岸田首相襲撃テロから1年 各県警に「専門部署」新設、警備強化で「選挙演説のスキ」は埋められるのか
NEWSポストセブン
歌う中森明菜
《独占告白》中森明菜と“36年絶縁”の実兄が語る「家族断絶」とエール、「いまこそ伝えたいことが山ほどある」
女性セブン
大谷翔平と妻の真美子さん(時事通信フォト、ドジャースのインスタグラムより)
《真美子さんの献身》大谷翔平が進めていた「水原離れ」 描いていた“新生活”と変化したファッションセンス
NEWSポストセブン
羽生結弦の元妻・末延麻裕子がテレビ出演
《離婚後初めて》羽生結弦の元妻・末延麻裕子さんがTV生出演 饒舌なトークを披露も唯一口を閉ざした話題
女性セブン
古手川祐子
《独占》事実上の“引退状態”にある古手川祐子、娘が語る“意外な今”「気力も体力も衰えてしまったみたいで…」
女性セブン
ドジャース・大谷翔平選手、元通訳の水原一平容疑者
《真美子さんを守る》水原一平氏の“最後の悪あがき”を拒否した大谷翔平 直前に見せていた「ホテルでの覚悟溢れる行動」
NEWSポストセブン
5月31日付でJTマーヴェラスから退部となった吉原知子監督(時事通信フォト)
《女子バレー元日本代表主将が電撃退部の真相》「Vリーグ優勝5回」の功労者が「監督クビ」の背景と今後の去就
NEWSポストセブン