2020年10月から東武日光駅に乗り入れている蒸気機関車「SL大樹 ふたら」とプロモーション映像に出演している女優の門脇麦さん(左、時事通信フォト)
東武のSLへの情熱は、鉄道ファンだけではなく沿線住民や観光関係者なども胸を躍らせた。しかし、SL大樹は観光列車としての趣が強く、運行日は週末を中心とした休日。運行本数は決して多くなく、区間も下今市駅~鬼怒川温泉駅の約12.4キロメートルと短い。そうした事情もあり、運行開始前から「運行そのものの収支を考えれば、赤字になる」との声も強かった。
それでも東武はキャンペーンで集客を図りながら、SLの運行を実直に継続してきた。当初、東武で運行していたSLは一台だったが、昨年末より2台体制になった。今後、さらに増備する方針も打ち出しているほか、機関庫の拡張なども進めている。
昨今、マンガ「鬼滅の刃」がブームになり、それに伴って各地で運行されているSLの人気も急上昇している。しかし、東武のSL運行は鬼滅ブームに乗ったものではない。
「今回のキャンペーンは、時期を3回に分けて実施します。キャンペーン期間中に車内で配られる記念乗車証を合計で4枚を集めた方に、SLの汽笛の音や走行音などを録音したカセットテープを各300本限定でプレゼントします。また、それとは別に、普段は聴くことができない運転室内や火床整理・点検作業の音を収録した300本限定の特別版も500円で販売します」(同)
鉄道ファンには音鉄という、列車の走行音や警笛、踏切の警報音、駅の発車メロディなど、鉄道に関連する音を楽しむ人たちがいる。彼らは”音鉄””録り鉄”と呼ばれる。”音鉄””録り鉄”は、決して珍しいファンではない。
とはいえ、いまや音楽もネット配信の時代。いくら鉄道の音を楽しむファンが多くてもカセットテープを使っている”音鉄””録り鉄”は少数で、再生できるプレイヤーを所有していないだろう。そうしたプレイヤーを所有していない人のために、カセットテープにはQRコードが印刷されている。それを読み取ることで、デジタル音源をダウンロードできるようにも配慮されている。
「今回のキャンペーンは、“昭和レトロ”と“音”をテーマにしています。そのため、カセットテープでのプレゼントになりました」とカセットテープでのプレゼントにこだわった背景を説明するのは、今回のキャンペーンの録音を担当した音響機器メーカー・ティアックの担当者だ。
SL運行という華やかな舞台の裏で、ティアックの担当者は録音・音源制作という地味な作業にあたった。そこには、人知れない苦労もたくさんある。
「私たちは音響メーカーですが、鉄道に関しての知識はありません。そのため、鉄道ファンがどんな音を好むのかまでは把握していません。どうやって録るのか? どの音を録るのか? 現場では手探り状態だったのです」(同)