「一帯一路」は独裁者の発想
広域経済圏構想「一帯一路」も、帝国主義的な領土拡張と侵略政策を進めたヒトラーと軌を一にする。習主席は「一帯一路」によって北京を21世紀の「世界首都」にしようと目論んでいるわけだが、ヒトラーもベルリンを「世界首都ゲルマニア」に都市改造することを計画していた。古くはナポレオンが凱旋門などを建設してパリをヨーロッパの首都(=当時の世界首都)にふさわしい都市にしようとしたが、独裁者は「世界首都」を夢見るものであり、その意味でも習近平とヒトラーの思想は非常に重なると思うのだ。習主席がしばしば口にする「歴史を鑑として」見れば、これこそ「いつか来た道」ではないか。
ここで示唆的なのは、1938年のミュンヘン会談だ。チェコスロバキアに侵攻しようとしていたヒトラーと会談したイギリスのチェンバレン首相は、戦争を回避するためにヒトラーの要求を全面的に呑み、これ以上は領土要求しないことを条件にチェコのズデーテン地方をドイツに割譲した。しかしヒトラーは翌39年にポーランドへ侵攻し、第二次世界大戦が勃発した。
宥和政策をとってヒトラーに妥協したチェンバレン首相の判断ミスだが、その轍を踏んだのが天安門事件への日本の対応だ。昨年末に外務省が公開した外交文書によると、1990年7月の主要7か国首脳会議(アルシュ・サミット)に出席した宇野宗佑首相は、対中関係の悪化を避けるため、非難宣言に「中国の孤立化回避」という文言を入れ込む宥和政策をとり、人権重視の欧米と「1対6」の構図になったという。
当時、アドバイザーとして台湾の中華航空の経営を立て直していた私は、同社の経営陣(全員が空軍の元将軍)に「今こそ中国を攻めて統一を」「そうすれば世界中が支援してくれる」と煽ったが、彼らは動かなかった。結局、民主化運動を鎮圧した中国共産党は生き延び、現在の極めて強権的な習近平政権へとつながったのである。
では、これから日本は驕り高ぶる習近平独裁政権にどう対処すればよいのか? 私は本連載(新春スペシャル)で「中国を敵視して過度に制裁・排除することは避けるべきだ」と書いたが、その一方で事なかれの宥和政策も台湾侵攻を招きかねないと思う。すでに米英は「台湾有事」を前提とした空母打撃群を展開しているが、もし有事となれば米軍が沖縄を拠点にすることは間違いない。日本が直接関与せざるを得ない台湾有事を前提として、ヒトラーの侵略を食い止められなかった歴史のアナロジーから学ぶことが重要なのである。
【プロフィール】
大前研一(おおまえ・けんいち)/1943年生まれ。マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社長、本社ディレクター等を経て、1994年退社。現在、ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長、ビジネス・ブレークスルー大学学長などを務める。最新刊は『日本の論点2021~22』(プレジデント社)。ほかに小学館新書『新・仕事力 「テレワーク時代」に差がつく働き方』等、著書多数。
イラスト/井川泰年
※週刊ポスト2021年2月5日号