本書は初章「黄色い目覚め」から終章「饗宴」まで〈おまえが黄色い世界を見ると、真っ赤な血が流れる〉〈キャッシー、おまえは黄色い信号機だ〉との何者かの語りで進み、中3になった彼女が校内の美女集団〈神ファイブ〉に奴隷扱いされ、中でも美しい〈月子〉の〈つまんないの〉という呟きに怯えた日々がまずは綴られる。

 月子、火子、水子、木子、金子の5人は、音楽室の向こう側の部屋を〈サロン〉と呼んで私物化。教師も黙るほど君臨していたが、ある時、お茶やお喋りにも飽いた月子は〈透明人間〉に徹するキャッシーに目を付け、様々な屈辱的行為を強いるようになる。

「実はアイドルが出てくる小説って一人称でも三人称でも白けるんですよ。それはアイドルという存在自体が虚構だからじゃないか。それもあって今回はアイドルをめざす主人公に謎の人物が語りかける、二人称を選択しました。

 学校にも家庭にも居場所がなく、手首を切ろうとするほど追い込まれた彼女の前にアイドルの神様が現われる場面があります。逆に言うと、そんな幻覚か奇跡を見るくらい酷い目に遭わなければ、キャッシーがここまで怒り、能力を爆発させることはなかったろうし、東京でアイドルになると踏み出すこともなかった。

 つまり1章の最後で月子たちと対決する河原のシーン、あの熱量を支える神様の存在を信じてもらえるかどうか。それが、2章以降、東京でアイドルへの階段を駆け上り、恋愛禁止のルールを破って札幌に飛ばされもする、彼女の物語を展開する大きなカギでした」

日本人は根っからのアイドル好き

 上京したキャッシーが訪れたのは代々木。日本共産党が赤旗を掲げ、予備校やアニメ学校があるこの街に11年、〈YYG24シアター〉は誕生した。〈共産党にとっての革命、予備校にとっての大学、アニメにとっての肉体〉〈代々木は架空の町だ。リアルから遠い妄想の住人たちの場所だ。今、私はその「妄想」に「ユメ」とルビを振ってみたい〉とアイドル評論家中森明彦が作中解説を寄せるのも楽しい。

「この代々木論、いいでしょ? 山手線だとちょうど秋葉原の対面で、新宿と原宿の間にあるのに影が薄い感じもいいなあと。そこを拠点にAKBならぬYYGが独自の文化を発信するパラレルな世界を描いています。

 他方、僕はこの国に古くからあるアイドルの起源にも触れてみたかったんです。天照大神や卑弥呼といった虚実を含む女神を祀ってきた日本人は、根っからのアイドル好きですよね。その古来からの歴史やアイドルの未来までもキャッシーの波乱万丈な人生を通じて描けるんじゃないかなって。

 ニーチェが神は死んだと言い、現代は大きな物語が描けなくなったと言われます。だけど、例えばこの物語の世界内ではアイドルの神性が絶対だという約束事を信じてほしい。すると、かつての壮大な英雄叙事詩や、あるいは19世紀のディケンズやバルザックのような波乱万丈の物語の世界に繋がれるんじゃないか。そんな野望もある過剰なエンタメ作品のつもりです。何しろ、伊勢神宮や日本共産党本部、アイドル評論家・中森明彦までがアイドルへの〈愛〉もろとも凄惨な危機に遭うという(笑い)」

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