師匠たちの人生は、書きながら、桜木さん自身にもわかっていったという。書いているあいだは友だちがいらなくなるぐらい、作中の人物の存在をリアルに感じるそうだ。
3人は、ポスターの惹句の「世界的有名マジシャン」「シャンソン界の大御所」「今世紀最大級の踊り子」とはほど遠く、「パラダイス」はそんな3人からも文句の出るようなキャバレーだが、照明係がホステスと駆け落ちして急遽、照明を任された章介と演者3人のあいだに、奇妙な一帯感が生まれ始める。
人には、後天的に自分を生み直す場所がある気がする
桜木さんのホームグラウンドである釧路の、マイナス20℃にもなる冬の寒さは、へたをしたら命にかかわり、4人の疑似家族の距離を縮める。小説が描く昭和50年は、釧路の町にとっても転換期にあった。水揚量日本一だった釧路漁港は、漁業水域を制限する二百カイリ問題をきっかけにじりじり衰退していき、章介たちの「パラダイス」にも、時代の風は容赦なく吹きこんでくる。
昭和50年、桜木さんは10歳だった。
「そのときの空気は、もちろん覚えていますよ。二百カイリの話はしきりに出てたし、漁業が衰退していくのは明らかでしたね。それまで釧路は、日本一だったんです。これ以上、よくはならないだろうっていう感じは、いまの日本全体の感じと似ているかもしれません」
かつて釧路にあったキャバレーも、いまはない。「パラダイス」の内部は、2018年に閉店した銀座の「白いばら」を参考にしたそう。
「『ラブレス』が直木賞の候補になって落ちた日に、一緒に待機してくれてた編集者たちと、『よし、残念会しよう』って。白いばらのバックヤードでドレスを着せてもらい、キャバレーの内側も見せてもらいました。何でも、行ったり、見たりしておくもんだなと思いますね」
昨年出た『家族じまい』(集英社)もそうだが、桜木さんの小説は家族を描いたものが多い。今作の章介と師匠たちとは、血縁の家族ではなく、つかのま「疑似家族」のような関係性をはぐくむ。
「人には、後天的に自分を生み直す場所がある気がするんです。この世に送り出すのが実の親だとしたら、生まれ変わって、これからは自分の足で歩いて行こうと思える気にさせてくれる場所があったら、その場にいてくれた人もまた、血はつながっていなくても家族なんじゃないでしょうか。
親が子どもに教えられることって死に方だけなんじゃないかな、って思うんです。生き方を教えようとするからややこしいことになるんで、生き方なんて他人様に習うもんじゃないですかね」