音楽誌『BURRN!』編集長の広瀬和生氏は、1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接してきた。広瀬氏の週刊ポスト連載「落語の目利き」より、2月に5人抜きの抜擢で真打昇進した桂宮治の独演会について、「大ネタ人情噺が似合う」と確信した理由ついてお届けする。
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この2月、桂宮治が落語芸術協会で5人抜きの抜擢で単独真打昇進を果たした。二ツ目として最後の高座は2月3日に国立演芸場で行なわれた独演会だったが、図らずもこの会は真打としての宮治が進むべき道を示す内容になっていた。
一席目は『ちりとてちん2021 Ver』。時代設定をコロナ禍の現代にした改作で、仲間たちと外で飲もうとしていた旦那が緊急事態宣言を受けて自粛、家飲みに変更したものの、取り寄せた料理が多すぎたので、愛想のいいタケさんを呼んで御馳走する。振る舞われたのは“スガのステーキ”や“イシバのフグ”等。生意気なトラさんが旦那の挑発に乗り、腐った豆腐を食べて悶絶寸前となる派手な描写が爆笑を生む。まさに“爆笑派”宮治の真骨頂だ。
二席目は『鼠穴』。一転してシリアスな大ネタである。
10年ぶりに兄の許を訪れた竹次郎、兄の言い分を聞いて和解し、酒を酌み交わす。「お前の蔵が焼けたらこの身代くれてやる」とまで言われて泊まったが、夜中に火事が出てすべてを失い、女房も病の床に。一人娘を連れて再び兄を訪れるが、兄は態度を一変、金は貸せないと突き放し、「酒の上の約束を真に受けるようだからダメなんだ。娘なんか連れてきてお涙頂戴か?」と嘲笑うと、娘に「吉原に身を売れ」と勧める。だが娘を売った五十両は盗まれてしまい、それを聞いた兄は「人間そこまで落ちたくねえな、死んじまえ!」と罵声を浴びせる……。
後半の展開は立川笑二考案の型を受け継いだものだが、宮治は迫真の演技で肉付けし、聴き手を引き込んで離さない。首を括ってドンデン返しとなり、自分の悪役ぶりを竹次郎から聞いた兄のリアクションに場内からドッと笑いが起こる。
ここからが宮治オリジナル。兄は「夢は逆夢、お前の店は栄えるぞ」と弟を励まし、「もう寝ろ」と言い残して便所に向かうと、ポツリと独り言。「正夢になったら面白ぇな」。この演目の「10年前、兄は本当に弟を思って三文貸したのか」という“心の闇”に正面から対峙した宮治の、痛烈な回答がここにある。