紹介者の話をすると、「ああ、〇〇さんのお友達ね」と言いながら、着物を着た女将さんが満面の笑みでビールを注いでくれたけど、店内にはビールの値段も表示されていない。メニューもないし、「メニューを見せてください」などと言える雰囲気もない。もし、「梅一人前」なんて言ったらどうなるか……。

 不安いっぱいで落ち着かないんだけど、それを受け入れないことには一歩も先へ進めない。どうなるか確信が持てないけど、とにかく受け入れるしかない。ワクチンを打つって、私にとってはそんな感じがするんだわ。

 結局、その寿司店では、「次の予定が入っている」とその場しのぎの言い訳をして、ビール1本にとどめて、安めの魚ばかりを数貫握ってもらって、1万円でおつりをもらって逃げ帰ってきたけど、気が気じゃなかった気持ちはいまも残っている。

 寿司店なら、ボラれたところでお金でカタがつくけど、私たちがいま直面しているのはお金じゃなくて、自分の命。そのときの風向き次第で、ちょっとした行動の差で生死が分かれるなら、そりゃあ、身を硬くして当然よ。

 国民の多くは不安を抱えている。でも、前進しなければならない。そんなタイミングで緊急事態宣言が解除された。それと歩を合わせるかのように、各局のニュースでは「3月10日頃には7日間平均で262人まで減っていた都内の感染者が、現在は300人程度まで増加している。リバウンドか」などと報道する。

 ブレーキをかけながらの“解除”って、相変わらずのわけのわからなさ。なんともスッキリしない。

 そんななか、今年も東京の桜は満開になったので、緊急事態宣言が解除されようがされまいが関係ないところに、原チャリにまたがって、ひとり花見に出かけたの。

 いま咲き誇っているソメイヨシノの原産地が、東京・駒込の「染井」地区で、その名残りが染井霊園。古い墓石を見ると、明治の初めから中頃に亡くなった人が多くて、無教養な私でも、どっかで聞いたことがある人の墓碑もある。

「陸軍大尉勲一等」がどれほどエライ人かよくわからないけれど、立派な石の門構えに敷石が並び、その先に墓石がドーン。その後ろに、妖艶な桜の木がドーン。

「この見事さを誰かと共有したい」──去年まではきっとそう思ったに違いない。それを思わなくなって、ひとりでいることが当たり前になったことが、コロナ禍の恐ろしさなのよね。

 このモヤモヤの中で、これから何年も生きていく覚悟を決めた方がよさそうかも。

【プロフィール】
「オバ記者」こと野原広子/1957年、茨城県生まれ。空中ブランコ、富士登山など、体験取材を得意とする。

※女性セブン2021年4月15日号

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