その日の午後3時頃、雅文は仕事があると言って2階の自室にこもり、7時過ぎに竹村らが彼を呼びに行って死体を見つけた。屋敷には雅文、圭介、久江、竹村の他、圭介の友人〈木村〉がおり、現在療養中の当主が集めた美術品を圭介と見て回り、雅文の部屋も6時頃訪ねたが、誰もいなかったという。遺書はなかった。
仮にこれが殺人とすれば、犯行は圭介らが兄の部屋を訪ねた6時から、竹村らが遺体を発見した7時の間。風祭はさっそく弟の圭介が怪しいと決めてかかるが、彼には木村といた5時以降、完璧なアリバイが。麗子もまた弟の関与を疑うものの、6時の時点で部屋に死体はなかったという木村の証言は動かしがたく、帰宅後、頭はいいが口は最高に悪い執事に助言を仰ぐのだった。
ダイイングメッセージの信憑性
「ほぼ10年ぶりですからね。彼らがどんなキャラかとか、結構忘れていることも多くて。特に風祭はここまで推理らしい推理はしなかった気もしますが、本庁で多少揉まれたのか、今回はいちおうそれらしいけど間違っている推理を披露します。
実はこの『間違った推理を語る役』というのが結構難しいんです。僕自身は映画の方の金田一シリーズで加藤武演じる警部が『よし、わかった!』と早合点する感じが好みで、ああいう面白さを風祭にも感じてもらえたら嬉しい」
それこそ推理小説史上、個性的な攪乱役は代々誕生し、先人の蓄積の上にこそ新たな謎やトリックが考案される敬意と更新の系譜も、本格物の魅力のひとつだ。
例えば第2話「血文字は密室の中」は、ダイイングメッセージもの。内側から閂までかかった土蔵の中で失血死していた骨董好きな〈下入佐勝〉が遺した血文字は、彼と揉めていた骨董商〈中田〉を示すのか。また風祭が自信満々に主張する〈内出血密室〉説―つまり凶器が傷に蓋をした状態で被害者が自ら移動し、内から鍵をかけるなどした密室内で息絶えるケースに下入佐も該当するかを巡って捜査は二転三転。真相を見抜くのはまたも影山なのだが、内出血密室と聞いただけでニヤニヤしてしまう読者も少なくないはずだ。