自分で居場所を作っただけです
「2018年9月にアカウントを開設して1週間後かな、この『傾いた惑星』をアップしたら物凄く評判がよくて。通常は50程度のリツイートが1万何千に増え、気づくと4万を超えていました。
写真を募ったのはたぶん、自分も伊集院光さんや爆笑問題さんの深夜放送を聴き、ダ・ヴィンチ・恐山さんの大喜利に参加したりもした、投稿文化育ちだから。1枚の葉書を元にみんなで笑いを作るみたいなことが、要するに好きなんです」
割れた卵の殻を謎の波紋に擬え、〈酒を飲むと記憶を失う体質〉の男を主人公に〈覚えているのは自分が何らかの事件を解決したという実感のみ。自分が昨夜どこでどんな謎を解いたのか、持ち帰った『証拠』と愛用のボイスメモに記録された『証言』から再現を試みる〉、その名も『泥酔探偵』。
食べかけの弁当写真から黒ゴマ部分だけを切り取り、〈スーパーの惣菜売り場、その隅にある弁当コーナーには、半額になっても誰も買わないような弁当が紛れている〉云々と、宇宙環境の存亡をかけた〈黒ゴマを巡る戦い〉を描くSF大作『七倍梅干し弁当定価五百七十円』など、どれも真面目なのかふざけているのか、わかりにくいのが素敵だ。
「元々はみんなの特技や視点を面白がれる場を作り、楽しくやれたらいいねっていうのが、僕が以前やっていた『ひざかけちゃーはん』というサイトなんです。というといかにも健全なネット住民みたいですけど、自分だってホンネを言えば、華やかで凄い作家さんとかがいる世界に行きたかった。それがうまくいかないから自分の居場所を自分たちで作っただけなんです」
その延長に本書が生まれ、物語の本質を逆照射することにもなった彼に、本とは何か、改めて訊いてみた。
「うーん。まだ答えは出ませんが、誰かにそれを好き、読みたいと思わせる何か、または物語が持つ先を知りたいと促すエネルギー、それらが、強い本は面白く、弱い本は面白くない気はします。だとすれば、仮に中身は空でもエネルギーさえ存在すれば、面白そう、読みたいという状況は作れるともいえるし、僕はそんな作家が生み出す熱量に、憧れてきたんです」
ない本が、ある。それは「エネルギーあります」とほぼ同義を成し、本を巡る作者も読者も問わない愛の世界に、今後も書き、読むことで棲み続けようとする、大真面目な宣言でもあろう。
【プロフィール】
能登崇(のと・たかし)/1991年帯広市生まれ。武蔵大学経済学部在学中は明大ミステリ研究会に所属。卒業後も家電販売員等の傍ら執筆を続け、2018年にTwitterアカウント「ない本@noneBook」を開設。現在フォロワーは6万を超え、CX系「ワイドナショー」等でも話題に。「松本人志さんが『変則的な大喜利のようなもの』と言ってくれて。自分も大喜利好きなんで嬉しかったです」。筆名にはNotとルビが。「旧名は能登たわし。本も出るし、Not崇高くらいにしとこうと(笑い)」。166cm、62kg、A型。
構成/橋本紀子
※週刊ポスト2021年5月7・14日号