ライフ

『雷神』発表の道尾秀介氏「殺意は大抵の人にとって身におぼえがある」

道尾秀介氏が新作を語る

道尾秀介氏が新作を語る

【著者インタビュー】道尾秀介氏/『雷神』/新潮社/1870円

〈お願いがあります。このことを、娘の耳に入れずに暮らさせてやることはできないでしょうか〉──。

 ベランダで遊ぶ幼子から目を離し、階下の妻に駆け寄った瞬間、〈小さな影〉が視界を過った。粉々に割れた〈アザミ〉の鉢、加速する軽自動車、そして宙に舞う妻〈悦子〉の姿を〈藤原幸人〉は今でも折りに触れて思い出す。そのベランダから落ちてきた鉢が老女に運転を誤らせ、妻を轢いた事実を、彼が娘〈夕見〉のためを思ってひた隠す冒頭からして、道尾秀介著『雷神』は、やりきれない。

 それから15年。父が遺した埼玉県内の和食店を継ぎ、大学で写真を学ぶ夕見共々何とか切り回す幸人のもとに1本の電話が。〈金を都合してもらいたくてね〉〈秘密を知ってるんだ〉……。皮肉にも親子や姉弟等々、人が人を思えばこそ悲劇もまた生まれ、全ては30年前、新潟〈羽田上村〉に落ちた〈冬の雷〉に遡るのである。

「自分の中では『龍神の雨』、『風神の手』に続く神三部作として必然性のある作品でした。日本海側に多く、夏以上に激しく危険な冬の雷。その現象についてや、そもそも神様って何なのかというあたりを、知識でも宗教でもなく、物語として描き切りたくて。

 今回は僕が理想とするミステリーの1つの完成形が書けた感触があって、これが自分以外の作品じゃなくて本当によかった(笑い)。本作では各人物の目に見えない憎悪や愛情のうねりがミステリー構造に直結していますし、それを小説にするには17年の作家生活と、自分を超えて降って来るものを確実に捕らえて文章化する技術が必要でした」

 そう。本書では感情面と謎解き上のうねりとが撚り合うようにして物語を推進。まさに「過去も含めた人物造形なしには仕掛けが成立せず、その仕掛け抜きには人物が像を結ばない、最後まで読んで初めて人の顔が見えてくるミステリー」だ。

 妻や父、さらに母を12歳の時に亡くしている幸人は、それでも夕見を姉〈亜沙実〉の協力もあって明るい娘に育て上げ、あの電話があるまで世界は平穏だった。が、その電話の主らしき男が店にきた日に彼は倒れ、娘や姉と休養も兼ねて故郷羽田上村を訪れることに。憧れの写真家〈八津川京子〉と同じ場所を撮りたいと夕見が言い出したのだが、半分は家族が一切語らない村に興味があったらしい。

 かねて石油と製鉄とキノコを主産業とし、油の黒澤、鉄の荒垣、キノコの篠林、病院を営む長門家の4家が〈しんしょもち〉として君臨してきた羽田上村では、毎年11月になると雷電神社の〈神鳴講〉で雷を祀り、裏の〈後家山〉のキノコで作った〈コケ汁〉を老いも若きも楽しみにしていた。

 30年前、姉弟はその祭りの最中に雷に撃たれ、特に亜沙実は昏睡を脱した後も全身に〈電紋〉が残った。さらに神社側が神に供える分を振る舞った〈雷電汁〉が元でしんしょもち4人が中毒を起こし、2人が死亡。奇しくもそれは、コケ汁作りに出たまま姿を消し、山中で発見された母の死から1年後のことで、父は報復を疑われたまま、追われるように村を出たのだった。

 その後、埼玉で再起を図る父と姉は口をきこうとせず、同居することなく独立。姉や父の心中を察しようもない幸人自身、実は落雷前後の記憶を一部消失しており、途切れた記憶の狭間に埋もれた真実を43歳にして知ることになるのだ。

関連記事

トピックス

真美子夫人は「エリー・タハリ」のスーツを着用
大谷翔平、チャリティーイベントでのファッションが物議 オーバーサイズのスーツ着用で評価は散々、“ダサい”イメージ定着の危機
女性セブン
猛追するブチギレ男性店員を止める女性スタッフ
《逆カスハラ》「おい、表出ろ!」マクドナルド柏店のブチギレ男性店員はマネージャー「ヤバいのがいると言われていた」騒動の一部始終
NEWSポストセブン
社会人になられて初めて御料牧場でご静養された愛子さま(写真/JMPA)
愛子さま、社会人になられて初めて御料牧場でご静養 “新天地”でのお疲れを癒されて
女性セブン
氷川きよしが独立
《真相スクープ》氷川きよしが事務所退所&活動再開 “独立金”3億円を払ってでも再出発したかった強い思い
女性セブン
殺人未遂の現行犯で逮捕された和久井学容疑者(51)。ストーカー規制法違反容疑の前科もあるという
《新宿タワマン刺殺事件》「助けて!」18階まで届いた女性の叫び声「カネ返せ、カネの問題だろ」無慈悲に刺し続けたストーカー男は愛車1500万円以上を売却していた
NEWSポストセブン
大越健介氏が新作について語る(撮影/村井香)
『報ステ』キャスター・大越健介氏インタビュー「悩んだり、堂々巡りする姿を見せることもキャスターの仕事の1つだと思っています」
週刊ポスト
5月8日、報道を受けて、取材に応じる日本維新の会の中条きよし参議院議員(時事通信フォト)
「高利貸し」疑惑に反論の中条きよし議員 「金利60%で1000万円」契約書が物語る“義理人情”とは思えない貸し付けの実態
NEWSポストセブン
宮沢りえの恩師・唐十郎さん
【哀悼秘話】宮沢りえ、恩師・唐十郎さんへの熱い追悼メッセージ 唐さんの作品との出会いは「人生最高の宝物」 30年にわたる“芸の交流”
女性セブン
殺害された宝島さん夫婦の長女内縁関係にある関根容疑者(時事通信フォト)
【むかつくっすよ】那須2遺体の首謀者・関根誠端容疑者 近隣ともトラブル「殴っておけば…」 長女内縁の夫が被害夫婦に近づいた理由
NEWSポストセブン
初となる「頂上鼎談」がついに実現!(右から江夏豊、田淵幸一、掛布雅之)
【江夏豊×田淵幸一×掛布雅之の初鼎談】ライバルたちが見た長嶋茂雄秘話「俺のミットを“カンニング”するんだよ」「バッターボックスから出てるんだよ」
週刊ポスト
テレビや新聞など、さまざまなメディアが結婚相手・真美子さんに関する特集を行っている
《水原一平ショックを乗り越え》大谷翔平を支える妻・真美子さんのモテすぎ秘話 同級生たちは「寮内の食堂でも熱視線を浴びていた」と証言 人気沸騰にもどかしさも
NEWSポストセブン
曙と真剣交際していたが婚約破棄になった相原勇
《曙さん訃報後ブログ更新が途絶えて》元婚約者・相原勇、沈黙の背景に「わたしの人生を生きる」7年前の“電撃和解”
NEWSポストセブン