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『雷神』発表の道尾秀介氏「殺意は大抵の人にとって身におぼえがある」

拳銃はなくても毒キノコはある

「記憶ってそもそもが曖昧だとよく思うんです。自分自身が本当に経験したのか、何度も聞くうちに自分事として記憶されたのか、当人でも判断がつきかねる。僕も書きながら、そうか、これがわからないと誰も信用できないのかとハラハラしたし、記憶や知覚の危うさに犯罪が絡むと何が起きるのかを思い知りました」

 10年の連作集『光媒の花』を始め、道尾氏は動植物の生態や自然の理を、単なる情景描写を超えて作品化する名手でもある。本作でも冒頭に登場するアザミや、何者かが雷電汁に混入した猛毒のシロタマゴテングタケ、通称〈イチコロ〉など、毒にも薬にもなる動植物や、それらと隣り合って生きるしかない人間の性が哀しい。

「日本では植生に地域差が少なく、名前さえ覚えれば全国に友達がいるような感じがある(笑い)。そうかと思うと人を簡単に殺せる猛毒が日常のすぐ隣にあったりもして、それらを犯罪に使う小説を書くこともできるんです。

 むろん悪意が全て犯罪化するわけじゃない。爆発を待つものに火が付くか否かは運一つで、殺意が殺人につながるかどうかも、いつだって紙一重なんです。そして殺意は、大抵の人にとって身におぼえがある」

 死者も含め、互いを思いつつもすれ違い、宙に浮いた思いがつらい小説だ。

「でも実際そうなんですよね、人生は。最近は『モノよりコト』と言われますが、本作は1度目と2度目に読むのでは世界が全く変わり、誰目線で読むかでもまるで違う本になる。そうしたコトによって、小説は人生を描ける。生死が紙一重だというリアルも読者に体感してもらえる。裏山に拳銃は転がってなくても毒キノコは生えているし、些細な食い違いから30年後に人が死んだりもする。その全容を、ぜひ体験してみて下さい」

 執筆中は方言辞典を読みあさり、「新潟弁ネイティブに成り切った」という。そうした細部あってこそ、〈見ることは、見ないことでもある〉といった箴言の数々も輝く、読む者の万感を受け止める、鏡のようなミステリーだ。

【プロフィール】
道尾秀介(みちお・しゅうすけ)/1975年生まれ、東京都出身。2004年『背の眼』でホラーサスペンス大賞特別賞を受賞し、作家デビュー。2007年『シャドウ』で本格ミステリ大賞、2009年『カラスの親指』で日本推理作家協会賞、2010年『龍神の雨』で大藪春彦賞、『光媒の花』で山本周五郎賞、2011年『月と蟹』で直木賞。ミリオンセラーとなった『向日葵の咲かない夏』等話題作多数。昨年『スケルトン・キー』(2018年刊)の作品世界を楽曲化した『HIDE AND SECRET』で歌手デビュー。170cm、57.5kg、O型。

構成/橋本紀子 撮影/国府田利光

※週刊ポスト2021年6月11日号

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