ラオス・ビエンチャンの辻政信から秘書宛に届いたハガキ
失踪前のハガキに記された言葉
前田氏が、その例として挙げるのが、直前の4月19日付で辻が藤氏に送ったハガキだ。その文面はこうなっている(文章の前後を一部割愛)。
〈二〇日、入る。最高潮なるも、何とかできる見込みです。幸にまだ誰にも判るまい。御安心乞う。雨が少々早いようです。(電話)留守宅の連絡を頼む。蘭を枯らさないように。〉
ここに書いてある「蘭」とは、辻と同じ北陸(富山)出身で、辻がその人格を高く評価していた松村謙三衆議院議員から譲ってもらった最良品種の蘭だった。辻は、この前の藤あてのハガキにも「ランをよろしく」と書いており、異国の地にあっても、蘭のことが気になって仕方がなかったことが察せられる。
前出・前田氏はこう解釈する。
「この蘭は、辻が松村議員に頼み込んで、『最も良い品種』を譲ってもらったものです。それほど思い入れのある花だったことが予想されます。そのほか、親族にあてたハガキの中で、海軍に入って戦死した弟の理(ただし)の墓参を近々したいという意向も伝えていました。
もし仮に辻が潜行や他国への潜伏を考えていたとしたら、こうした手紙は残していなかったと思われます」
一方では、自民党を除名されて参議院議員になった後、ますます自身の政治的な立ち位置が見えなくなっていた辻が、死に場所を求めていたのではないかという見方もある。しかし、失踪の2年前に出した著書(『ズバリ直言』)の中で、こんな死生観も披露している。
〈私は一種の運命論者だ。生まれるときに自分の力で生まれたものではないとしたら、死ぬのもまた自分ではどうすることもできない。[中略]死ぬまでは、絶対に死なないと思っているに限る。〉
「蘭を枯らすな」というメッセージは、その死生観にも通じる力強さを持っている。失踪から60年が過ぎてなお、辻政信への関心がやまないのはそうした事情もあるのかもしれない。