相手は怪人ではなく己の心
ただ、思い返すに、ショッカーに拉致され、改造手術を施されて仮面ライダーとなった本郷猛は、正義とか世界平和を守るだとか、そんな大それたことは考えていなかったんですね。
では、何を考えていたか。まずは自分の心と向き合い、どのようにコントロールすべきかを自問自答していたんですよ。いわば最初に戦う相手は怪人ではなく、己の心だったんです。
普通に考えてみても、いきなり改造人間にされたら、そりゃ自暴自棄になりますよね(笑)。それまで本郷猛は優雅な青年科学者の生活を送っていましたし。でも、哀しみに明け暮れているわけにもいかない。この途方もない力をどのように使うか。ここで己の心との戦いが始まる。
自暴自棄の心のまま、ショッカーの魔の手から逃げ続け、好き勝手に生きるか。それとも、得た力で身近な人たちを守る戦いを始めようとするか。そこで本郷猛は葛藤し、“変身”ではなく“変心”を試みる。
好き勝手に生きる道を選ぶような“変心”は簡単だ。しかし、ひとりでも自分に助けを求める人がいる限り、たとえ苦しくても悪と戦う道を選ぶ“変心”をするべきではないのか。そう決意した瞬間、“変心”による究極の“変身”が可能となる。
結局、安易で自堕落な道を選ぼうとする自分を変えなければ、愛する人たちは守れないということ。
考えてみれば、本郷猛の50年は、その繰り返しでした。そのつど、戦うのを止めてしまおうかといった負の心に苛まれながらも、それでもなお“変心”と“変身”を貫き通し、正義を熟成させてきたんですよ。
その“変心”と“変身”は、その後も仮面ライダーとなり、必死に悪と戦っている後輩たちにも、受け継がれているはずです。
【プロフィール】
藤岡弘、(ふじおか・ひろし、)/1965年、松竹映画にてデビュー。1971年『仮面ライダー』の主演で一躍人気俳優に。主演、出演作多数。
※週刊ポスト2021年10月8日号