第3回警察小説大賞を受賞した『転がる検事に苔むさず』』
ものすごく面白いものを書きたい願望が自分の中にある
警察官が主役の警察小説では、検事はもっぱら敬して遠ざけておきたい存在として描かれがちだが、直島さんの小説では、警察官と検察官の距離は、もう少し自然な協力関係に見える。
「いい検事さんって、現場の警察官からも尊敬されてますよ。意外に、と言うとなんですけど、立派な人もたくさんいます。自分の実績をいばってばかりの、こちらの人間観が変わりそうな人も特捜部にはいましたけど、『おれはあんたたちの思い通りにはしない』と態度で示していると、『わかるよ、自分もそう思う』と言って、助けてくれる人が出てきたりもしました。自分の人生の恩人と言える人もいます」
久我のモデルになった人に本を送ったところ、「若いころに暗中模索していたころを思い出しました」とすぐにハガキをくれた。ハガキには、「きみにそんなこと話したかな」と書いてあったそうだ。
直島さん自身が投影されそうな、新聞記者も脇役として登場する。官舎の前で検事が帰ってくるのを何時間も待ち、「書くな」と言われたネタで他社に抜かれたりもする。
「新聞のスクープって複雑で、ずっと前から知っていても書けないことも多かったりするんです。あまり考えず、相手に言われるまま書く記者がスクープできたりもする。いざ書いても、『おれはやったぞ!』って自分を褒められない状況だったりして、記者を出すと、どうしてもダメな人にしてしまいます」
人情味のある検察小説は、バディ(相棒)小説でもある。久我と一緒に浅草分室で働くのは、新米検事の倉沢ひとみ。向こう気が強く、指導官である久我にもまったくものおじしない。遅刻した久我が、「すまん、すまん、電車が混んでたもんで」と言い訳すれば、「電車が混んで遅れる人はいません。漫才のボケみたいなこと言ってはぐらかさないでください」とすかさず切れのいいツッコミを入れる。
さらに、久我の飲み友達である墨田署の刑事課長が指導を頼んだ刑事志望の有村巡査が頻繁に出入りするようになり、同い年の倉沢と有村とのあいだにも相棒のような関係が成立する。
直島翔(なおしましょう)はペンネームだ。編集者に原稿を見てもらっているとき、「直します、直します」とたびたび言ったことを思い出してつけたものだそう。
「衝動的に、ダジャレを言ってしまいました(笑い)。最初、文章の章でと思ったんですけど、作家の鳴海章さんと似てしまうから『翔』にしては?と編集者に言われて。櫻井翔さんの名前が真っ先に頭に浮かんで、むちゃくちゃ恥ずかしいな、と思ったんですけど、喫茶店に入ったら横浜銀蝿の翔さんのポスターがたまたま張ってあって、おっさんもいるし、じゃあそれでいいかと決めました」
タイトルは、作中にも出てくる、直島さんが大好きなロックバンド、ザ・ローリング・ストーンズにちなんだ。次作も、年内刊行をめざしてただいま執筆中。
「小説を書けるのは土日だけで、土曜日は疲れているのでほぼ日曜だけですけど、ものすごく面白いものを書きたい渇望が自分の中にあって、本作の50%増しぐらい面白いやつを目標に書いています」
転がる検事は、次にどこへ向かうか。
【プロフィール】
直島翔(なおしま・しょう)/1964年宮崎県生まれ。立教大学社会学部社会学科卒業後、新聞社に入社。社会部時代に検察庁など司法を担当。本作にて作家デビュー。
取材・構成/佐久間文子
※女性セブン2021年10月21日号