「こちらも、はいそうですか、とはいきません。独禁法違反ではないかと指摘する手紙を書きましたよ」
それはそうだ。いまやトヨトミディーラーの運営会社は、東京を除いてすべて地場企業。彼らはそれぞれがトヨトミと特約店契約を結んでいるだけで、運営会社同士は商売敵なのだ。そして、「全車種併売制」によって似たような店ばかりになった先には、トヨトミが掲げる「ディーラー再編」による店舗数削減が待っている。トヨトミにとって都合のいい運営会社だけ残し、あとは特約店契約を打ち切ったり、大手ディーラーに吸収させる。一見羽振りがよさそうな清城だが、内心では生き残りに必死なのだろう。
文乃がこの「ディーラー再編」を取り仕切っているトヨトミの重役の顔を思い浮かべたところで、清城がストライプの入ったスーツの懐に手をやり、封書をもう一通出した。
「そうしたら、今度は副社長の林さんから手紙がきました。あの人はバカじゃない」
思わぬ偶然だった。清城が口にしたのは、文乃が今まさに思い浮かべた人物の名前だったのである。林公平は統一の若かりし頃に何度も上司をやった人物。周囲が創業一族の御曹司に露骨に阿諛追従するなか、遠慮会釈なく御曹司に罵詈雑言を浴びせて鍛え上げたといわれている。一度はトヨトミから関連会社の尾張電子に出向し、副社長・副会長まで上り詰めたのち、役員定年をとうに過ぎた七〇歳目前でトヨトミ本体にカムバックするという〝離れ業〟を成し遂げた、統一の右腕である。
統一の林への全幅の信頼と社内での役割の大きさから、林は〝大老〟とも評される。統一の長年の指導役であり、忠臣のトップ。脱炭素社会構築に待ったなしのEV(電気自動車)シフトや、自動運転といった新技術の大波に業界ごと揺さぶられている。存亡がかかる一大危機の時代における「将軍の補佐役」ということだろうが、外からだと見え方が違う。とかく激しやすく、気に入らないことがあるとすぐにヘソを曲げる創業一族のボンボン息子である統一の〝子守役〟とも見える。
その林だが、手紙を見ると平謝りである。
当然だろう。おそらくトヨトミの危機管理を担う渉外弁護士ファームにも相談したのだろうが、林は、これが独禁法違反、つまり資本関係のないディーラーの経営判断に対して圧力をかけるようなマネが許されるはずもないことは重々承知している。そこは丁重に統一の非礼を詫びてはいるが、その一方でガルボの販売店を出すのはあきらめてほしい、と「お願い」も添えられていた。
「言い方が変わっただけで、メッセージは同じです」
文乃が返した手紙をまた懐にしまい、清城は言った。
「受け入れたんですか?」
マスクが左右に揺れる。
「結論からいうと、ガルボの話は立ち消えになりました」