「なぜです? 話の筋からいって聞き入れる理由はないでしょう」
びびったんですよ、と清城は冗談っぽく目尻を下げたが、すぐに真剣な目つきに戻った。
「うちはトヨトミディーラーとしての歴史も浅いですし、規模も小さい。今トヨトミからの印象を悪くしたくないというのが半分……」
他の理由もあるんですか、とたずねると、これ話していいのかな、と清城は少しの間思案したが、やがて「別のところから妨害が入ったのです」と切り出した。
「別のところ?」
よくない噂
「われわれはガルボの店を出すための土地を押さえていたんです。おっしゃるとおり、林さんからお願いされても、こちらは聞く道理はありません。最初はあくまで出店するつもりでした。トヨトミディーラー同士で潰し合うように仕向けたのはトヨトミ側ですが、売れなくなってもトヨトミが養ってくれるわけじゃない」
「妨害とは何ですか。トヨトミからではないんですよね?」
「尾張モーターズです」
尾張モーターズ。またこの名前だ。
「私たちが地権者と売却で合意していた土地に、尾張モーターズが手を出してきたのです」
聞くと、清城は四人の地権者から買い取った土地の上に、メンテナンス(整備)とチューンナップを行う工場とグッズショップが併設された大型の店舗を構えるつもりでいた。ところが、地権者四人のうちの二人が、ある日突然態度を覆し、土地を売却する話はなかったことにしてくれと言い出したという。
「もちろん、問いただしましたよ。金額面も十分に納得いただいていて、それまでまったく不満な様子はありませんでしたから」
どうしても翻意させることはできなかったが、その理由だけは教えてもらうことができた。二十年分の賃借料を一括で払うことを条件に、尾張モーターズが土地を売らないように求めていたのである。
尾張モーターズはトヨトミディーラーの最大手。名証二部上場の大企業である。
土地を売らずに破格の賃料を得ることができるのに加えて、「ウチがどれだけ大きいかご存じですか? あちらには失礼ですが、トヨトミムーブ北名古屋とは払える額が違います」と大手の信頼性と資金力をちらつかされた地権者は、一も二もなく寝返ってしまったわけだ。
「四人の地権者はちょうど〝田〟の字のように土地を持っていました。尾張モーターズはそのうちの斜向いの地権者二人を懐柔して、我々が残りの二人から土地を買っても使い物にならないようにしたんです」
尾張モーターズとトヨトミ自動車の関係は古く、その源流は創業者の阪口富雄がトヨトミがつくった国産初の乗用車を売った一九三二年までさかのぼる。
「かたや〝世界のトヨトミ〟と一世紀近く盟友関係にある上場企業。かたや新興の小規模ディーラーです。江戸時代で言えば親藩と弱小の外様藩くらいの差がありますよ。こういうやり方はあんまりだとトヨトミには抗議しましたが、相手にされませんでした」
つながりの深いディーラーを庇い、そうでないディーラーは冷淡にあしらう。トヨトミが地場ディーラーに苛烈な競争を課す一方で、その競争の不公平さはかねてから指摘されてきた。