2019年竜王戦第4局の控室にて、談笑するふたり
藤井とのタイトル戦を熱望していた永瀬にとって、その敗北はあまりに痛すぎた。「7、8月くらいは泥沼でしたね」。
9月から王座戦の防衛戦が始まったが、状態は上向かない。第1局は優勢だったが、挑戦者の木村一基九段に痛恨の逆転負け。私は盤側で観戦していたが、終盤戦で永瀬の顔は青ざめており、感想戦の発話量も普段より明らかに少なかった。
「気合は持続しないので頼ったらダメなんですけど、この時はそれくらい追い込まれていた」と言うように、第2局から根性だけで3連勝し、なんとか防衛を果たした。
転機はやはり藤井だった。11月24日、永瀬は王将リーグ最終局で藤井と対戦。藤井はすでに挑戦権を獲得し、永瀬も残留を決めていた。消化試合と見てもおかしくはないが、「藤井さんに消化試合という概念はない。こちらを全力で倒しに来ているのはわかっていた」と永瀬は言う。この将棋で藤井に競り勝ち、「大きな自信になって、モチベーションが回復した」。それだけ永瀬にとって藤井は大きな存在なのだ。
2人が練習将棋を指すようになったのは、藤井がプロになった翌年の2017年4月から。ちょうど藤井がデビューからの連勝記録を伸ばしていた頃だ。東京で練習したこともあるが、藤井が住む愛知県を永瀬が訪れることが多かった。雑談もせずに駒を並べ、すぐに対局を始める。3局指した後は藤井の師匠の杉本昌隆八段と3人で夕食に行く。そして永瀬は深夜に東京に戻るのだ。
「始めた頃、藤井さんは低段でしたけど、将棋を見ればすごいってわかるじゃないですか。なんでほかの若手棋士は藤井さんと将棋を指しに愛知に行かないのか不思議でした。自分にとっては価値がありすぎるというか、本当にかけがえのない時間ですから」
コロナ禍になってからは対面で練習将棋を指すことを避ける棋士が多く、藤井との研究会もオンラインに切り替わった。仕方がないことだが、永瀬は残念そうに言う。
「特に藤井さんとは直に向き合いたい。すごいですよ。藤井さんはとにかく圧がない。歴代の強豪棋士で圧がなくて強い人って見たことがありません。オーラみたいなものを発していないのに、あれだけ強いんですから」
長所がいくつもある
これぞ激賞、である。ではデビュー直後からそばで見てきて、藤井のどこが強いと思うのか。
「終盤力。それからとんでもなく負けず嫌いなところですね」と永瀬は笑顔で言う。藤井の終盤力の高さはあまりにも有名だが、負けず嫌いは珍しい意見だ。
「藤井さんは温厚だからあまり表には出しませんが、付き合っていて確信があります。藤井さんは相手に負けることよりも、自分に負けることを許さない。だから自分のミスに厳しいんです」