コーチとしてアメリカのアボット選手やシズニー選手を育て、振付師、解説者としても活躍 (撮影=吉成大輔)
アボット、シズニー……記憶に残る芸術的スケーターのコーチとして
──コーチとしては、元全米チャンピオンのジェレミー・アボット選手や、アリッサ・シズニー選手を育てられました。二人とも美しかった! 記憶に残る選手でした。
佐藤:残念ながら五輪のメダルには届かなかったのですが、素晴らしい才能の持ち主たちと一緒に練習できたことは、本当に幸運でした。ジェレミーやアリッサ・シズニーといった世界で活躍する選手を教えるのは目標が高く、スリルがあってやりがいのある仕事ですが、一方で、子どもとか、若い選手を教える面白さも実感しています。基礎的なスピンやジャンプができるようになるという、小さな進歩を喜べるのは人として大切なことだと思いますし、これからのスケーターを育成していくために必要な課題は、やはり若い選手を教える中で見えてくると思うんですね。そういう経験なしに、立派なコーチにはなれないのだと、日々感じています。
──アボット選手がソチ五輪シーズンのフリーで使用した「エクソジェネシス交響曲」は忘れがたい名プログラムです。あの曲、その後、使う選手が増えていますよね。
佐藤:いい曲ですものね(笑)。アボット選手は日常的にも芸術家で、突然、ひらめきが降りてきたりするんです。ただ、気持ちがのらないと自分の力を出せないこともあるので、そういうときにコーチとしてどう声をかけるか、どう見守るか、いつも考えていました。
──振付師としてもご活躍です。例えば有香さんが振付されたハンヤン(閻涵)選手のラ・ラ・ランドは、ハンヤン選手の色気と憂い、そしてぐんぐん伸びるスケーティングにぴったりでした。
佐藤:選曲をしたのはご本人で、実は私は、最初、反対したんです。ラ・ラ・ランドで滑る選手が多かったので、ハンヤン選手のようなスペシャルなスケーターが、みんなが使う曲をあえて使わなくてもいいんじゃないかと。でも、あらためてアルバムを聞き直したら、これならいけるかもしれないという瞬間がありました。ピアノの音色と、彼の滑りのタッチがぴったり重なりあう瞬間が見つかったというのでしょうか。
じゃあやってみようとスタートしたら本人はノリノリで、テクニックのある選手と仕事をするのはすごく楽しかったですね。スケート靴をはいているにもかかわらず、ブロードウエイのショーを見ているような、夢の世界に連れてってくれるような感動がありました。もう少し手直しの機会があればもっといいものになったんじゃないかと思っていて、その点は残念でしたね。