米議会の演説でも拍手喝采が送られた(CNP/時事通信フォト)
“キーワード”で想起させる
日本の国会演説で用いられると予想されていたのは、「福島第一原発」と「北方領土問題」だろう。チェルノブイリ原発やクリミア併合、ドネツク、ルガンスクの独立承認という現状と対比させ、自分たちが体験していることを共有できるように訴えると思われた。
だが演説で使われたのは、「原発事故」、「サリン」、「津波」という言葉。はっきりと言わずとも、それが何を意味するのか日本人なら誰もが知っている。言葉の行間を読み、余白を推測する、言わずとも察する日本人の国民性に働きかけた方が、効果的だと読んだのだろうか。サリンという言葉を用いたのは、ロシアの侵攻がテロ行為だと強調するためでもあるだろう。これまでの演説と異なり、言い回しがマイルドで柔らかい表現だったのも、日本の置かれている状況を考慮し、日本の“察する文化”に合わせたかもしれない。
ストーリーの展開も巧みだ。「日本はアジアのリーダーになった」と言い、「ただ話し合うだけでなく、影響を与える」、「責任ある国家が一緒になって、平和を守るために努力しなければならない」と訴えるが、要求よりも要望という印象が強く、他国での演説のようなプレッシャーをかけていない。復興、故郷、調和、環境と文化という日本人には馴染みやすい、映像が頭に浮かびやすいキーワードを交えながら、経済制裁の継続や貿易禁止の導入など、長期的なサポートを求めている。
キーワードで映像を思い出させる手法は、米議会で映像を用いた方法とは違っていた。米議会では、演説の合い間に爆撃を受けるウクライナ市街地の様子が映像で流された。情報は話して聞かせるより、ビジュアルと音による情報の方が記憶に残るという「画像優位性効果」がある。分子生物学者のジョン・メディナによると、聞かせただけの情報の場合、72時間後には内容を約10%しか覚えていないが、画像を加えた場合は65%が記憶に残っているというから、映像は効果的だ。「今すぐにでも、米国に行動を起こしてほしい」という強いメッセージでもあったのだろう。
米国では日々、どれぐらいの情報がメディアで報じられているかは分からない。おそらく日本は、欧州やアジアの他の国よりも、ウクライナの現状が連日報じられているのだと思う。前述したキーワードがあれば、日本人は聞くだけでそれらの映像を思い出す。日本国政府がすぐにできる支援も多くはない。映像による効果を狙う必要はなかったのだろう。
演説が終了すると、衆参両院の議員たちは全員が起立し拍手した。政界の反応は「尽力すべき」、「最大限の努力をしなければならない」と前向きなものが多く、岸田文雄首相は「わが国としてもロシアに対するさらなる制裁や、これまでに表明した1億ドルの人道支援に加えて、追加の人道支援も考えていきたい。改めて日本はウクライナとともにあるという思いを強調したい」と述べた。ゼレンスキー大統領の演説は政界にどこまで響いたのだろうか。