彼らは公的な医療・介護制度の仕組みが及ばない部分にまで手を差し伸べ、時には採算を考えずに行動する。目の前に困っている人がいる、何とかして力になりたい。そうした志を持ったケアワーカーが山谷には多く集まっている。路上に追い出され差別されてきた人たちを救いたいという志だ。一番近い言葉は「善意」だろう。
山本さんや美恵さんも、そうした思いに突き動かされて山谷にやってきた。しかし、時に自分の気持ちを殺して目の前の問題に対処する毎日は大きなストレスを生む。山本さんはアルコールや向精神薬に逃げ場を求めた。挙げ句の果てに心身を病み、きぼうのいえを出ざるを得なくなった。妻の美恵さんがきぼうのいえを去った理由は『マイホーム山谷』に詳述したのでここでは割愛するが、やはりその根底には日々のストレスがあったと私は感じている。
善意がベースになった山谷の福祉システムは、素晴らしくはあるが理想の姿ではない。全てのケアワーカーにこうした働き方を求めることはできないし、求めるべきではない。ただ、善意とケアシステムのバランスを巧くマネジメントすることができれば、介護問題の多くは解決するように感じた。
高齢、独居、貧困……。山谷は日本の問題を先取りした街だ。山谷を見るということは、日本の将来を見ることでもある。山谷の姿を追うことが日本の福祉のあり方を追うことでもあると私は確信している。
【プロフィール】末並俊司(すえなみ・しゅんじ)/1968年、福岡県生まれ。介護ジャーナリスト。日本大学芸術学部を卒業後、1997年からテレビ番組制作会社に所属し、報道番組制作に携わる。2006年からライターとして活動。両親の在宅介護を機に、2017年に介護職員初任者研修(旧ヘルパー2級)を取得。『週刊ポスト』を中心として、介護・福祉分野を軸に取材・執筆を続ける。4月26日発売の近著『マイホーム山谷』で第28回小学館ノンフィクション大賞受賞。