提訴で問題解決とは限らない
裁判の争点はどこになりそうか? 幅広い分野の訴訟案件を手がける村尾卓哉弁護士が解説する。
「誤って振り込まれたものであっても、名義上は自分の預金である以上、原則的には受取人の預金債権となります。一方で、少なくとも自分のお金ではないことを認識しながらそれを引き出す行為は、窓口で引き出したのであれば銀行に対する詐欺罪、ATMで引き出したのであれば銀行に対する窃盗罪など、犯罪として成立する可能性があります」
弁護士としても、今回の裁判は判断が非常に難しいものらしい。
「一方で町を被害者と考えた場合に成立しうる犯罪については、かなり悩ましい問題があります。それは被害者である町が自ら誤振り込みをしている以上、受取人が町を騙して送金させたことや受取人が町から金銭を盗み取ったということが認められないのではないかという問題があるからです。
日本の刑法上、成立しうる犯罪としては、占有離脱物横領罪(※注:占有者の意思に反して占有を離れた物品を横領する罪)ということになりますが、これも預金債権という物理的に『占有』していないものについて成立しうるかというのは争点になると思います。刑法が起草された当時には想定されていない犯罪類型なので、ストレートに『この罪に該当する』と言いづらい状況です」(村尾弁護士、以下同)
阿武町が訴訟を起こしたこと自体は妥当だという。
「民事上の『不当利得返還請求』とは、『法律上の正当な理由もなく得た利益』に対するものであるため、利益を得たことが犯罪か否かとは無関係の話です。本件が不当利得に該当することは明らかであり、不当利得返還請求それ自体は問題なく認められるはずです。
経緯を見るに、町としては、提訴することは致し方ないかと思います。むしろ訴訟を起こさないほうが、問題ある状態を放置したとして行政上の責任を問われかねないのではないでしょうか」
しかし、提訴で問題が解決するとは限らない。
「勝訴判決が得られたところで、相手に支払い能力がなければ回収はできません。相手に財産がなければ差し押さえも不可能です。既に誤振り込みのお金について、受取人の口座から動いているということであれば、回収はなかなか難しいと思います」
人口3000人ほどの小さな町に起きた異例のトラブル。解決はいつになるのか。