第167回直木賞の最終候補作品が6月17日に発表された。『絞め殺しの樹』で初ノミネートとなる河崎秋子氏(42)は、北海道別海町出身。2019年までは実家での酪農従業員の傍ら羊飼いとしても緬羊を飼育・出荷していた異色の経歴の持ち主だ。2012年の北海道新聞文学賞受賞以来、発表作品は4作だが、すでに大藪春彦賞、新田次郎文学賞をはじめ5つの受賞歴がある。まだ酪農家として働いていた頃の河崎氏にとって、小説家として生きていく決意はどのように固まったのだろうか。当時の心境を綴った河崎氏によるエッセイをお届けする(初出『週刊ポスト』2020年5月8・15日号)。
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レーシック手術を経て、眼球が新しく生まれ変わった。さあ、この目でものを見て、それを小説にするとしよう。私はレーシック手術の後、前年に応募し落選していた北海道新聞文学賞(以下、道新文学賞)に再び挑もうと考えていたのだ。
道新文学賞は、最終選考委員の先生方の講評が公開される。前年応募した作品は、数名の先生方からご感想を頂いていた。
嬉しかった。内容が好意的だったからだけではない。私の書いた文章を、新聞社の人や、文壇の第一線で活躍しておられる人たちが読んでくれた。朝から動物の世話や介護や家事に追われ、夜、こそこそと一人書いていた小説を、だ。それが私にはとても嬉しかった。
そこで、よし今年も頑張ろう、受賞できるかは分からないが(そりゃ勿論できれば受賞はしたいが)、自分の書きたいもの、書けるものを形にしてみよう。そう考えてがむしゃらに書いた。その結果、この2年目の挑戦である2011年、佳作を受賞することになった。やった、自分の小説が去年よりも評価された、眠い目をこすりながら書いた甲斐があったと私は舞い上がった。そして、緊張しながらもうきうきと札幌で行われる授賞式に出席したのだ。
きらびやかな会場、そこに居並ぶ人たちはみな、言葉に命をかけている人たちだ。審査員の先生方や、過去に受賞された先輩作家さんの厳しくも温かいお言葉ひとつひとつが、自分の糧になっていく感覚があった。
そんな中で、運営をしている文化部の方に声をかけられた。
「頑張ってくださいね。佳作二回はないから」
はっとした。賞を頂いてすっかり有頂天になっていたが、ここで終わりではけっしてないのだ。来年また佳作相当の小説を書いたとしても、それは成長がないということを意味する。私は本賞を目指さなくてはならない。そう痛感した。
これは個人的にはものすごくプレッシャーとなった。一般的に小説は書けば書くほど上手くなる、とはいうものの、実際に書いている人間は自分がレベルアップしてるかどうかなんて分からないまま書いている。そりゃもう全力を尽くして物語を綴ってはいるが、その全力を挙げた作品が『去年の方がよかったね』とすげない感想を抱かれたらどうすればいいのだ。停滞ならまだしも、マイナス成長なんて嫌だ。書くからには、私は成長したい。