小芝風花演じる澪が恋に落ちたのは・・・。(c)『映画 妖怪シェアハウス-白馬の王子様じゃないん怪 -』
AITOはいわゆる「人類補完計画」のような集合精神世界の実現を目論む人外の存在だったのだ。
これまでも様々な創作物に描かれてきたハイブマインド。生命の木の下に一体化した人類は等しく愛し愛される。利己的な欲望がない、争いもない、人々が永遠の安寧を得られるとされるその類の世界を、私は「みんなが平等で公正な社会を実現しよう(=社会主義)」というイデオロギーの行きつく果てだと考える。
AITOは言う。
「人間も妖怪もPCやスマホばかりを見て、まるでそこに神がいるかのように」
いるのだ、そこに、神が。現代の人間は聖書の代わりに通信デバイスを手にし、情報という神を崇めている。彼らがよすがとする情報には嘘も悪意も毒も銃弾も混じっている。更にそれらは聖書の文言と違って絶え間なく更新されるため、人は己の中で膨大な情報の処理ができなくなり、やがて神の洪水のごとき闇に飲まれるのだ。AITOの理想とする棘のない滑らかな世界はいわば方舟である。積載された情報からは嘘も悪意も毒も銃弾も取り除かれているため、その舟は、傷ついた人間にとっての楽園である一方、欲によってもたらされる繁栄を欠く「人間社会の終着点」でもある。
果たして澪はこの方舟に乗るのか!? で締めたいところだが、セオリーどおり彼女は乗らない。私欲を捨て去り早々に乗り込んだお菊さんが言う「セクハラもパワハラもストーカーもない世界を作りましょう」は、あらゆるハラスメントを受けてきた澪の希求でもあるはずなのに、彼女はそれを拒み、小さな手に握りしめた魔剣デビルズホーンの刀鋩を愛する人に向けるのだ。
愛か死か。妖か人か。納豆か卵か――。
続きは映画館でどうぞ。個人的には泣きました。1stシーズンでは「なにこのダメな子……」とイライラさせられていた澪が、映画では人間的にもいっぱい成長していて、心の中でお岩さんや座敷童さんと「子離れしなきゃね……」って涙を拭きながら手を取り合ってました。
澪よ。君が真実の愛を知り、生きることを決めたこの世界から、まだ当分ハラスメントは消えないだろう。絶望することもあるだろう。しかしきっと世界は変わる。『妖怪シェアハウス』という、ひとりの女性が理不尽なハラスメントに立ち向かう深夜ドラマが深夜にあるまじき視聴率を取り、2ndシーズンに加え映画まで制作された今がまさに、その過渡期だ。
余談になるが、豊島監督の映画『花宵道中』(原作が私)の主演は安達祐実さんだった。内容的に全裸で濡れ場を演じる必要があったため、なんとなく監督は女性だろうと思っていた。しかしこのとき、安達さんのほうから豊島監督を指名したという。また、ドラマ『妖怪シェアハウス』2ndシーズンの撮影に入る際、監督は最初に「全員が楽しく過ごせる現場にしましょう」的なことを言ったらしい。その言葉どおり、完成したドラマも映画も、みんなが楽しく過ごしていたであろうことが其処彼処に覗える。
監督やプロデューサーなど上に立つ人が役者とスタッフを大切にして育んだ作品は、観客にもその思いやりが伝わると思う。商業作品は、監督やプロデューサーの所有物ではなくそれを楽しみにしている視聴者/観客のためのものであってほしい。
数ヶ月前、とある監督の不祥事のせいで初の主演映画が公開中止になってしまった役者がいる。彼女は主演が苦手だった。それでも思い切って依頼を引き受け、小さな身体に主役の人生を詰め込んだ。何人もの役者とスタッフが心血を注いでつくりあげたものなのに、ひとりの悪行のせいで泥をかぶったその映画が、再び公開される可能性は限りなく低い。いつか不祥事とは縁遠い監督が撮ってくれた彼女の新たな主演作を観られることを願っているので、妖怪脳となっている今の私は『お菊の皿ハウス-はよ代わりの皿よこさん怪-』の公開を楽しみにしています(制作予定はないです)。
妖怪たちと暮らす中で、ヒロインの澪も成長していく。(c)『映画 妖怪シェアハウス-白馬の王子様じゃないん怪-』大ヒット公怪中!
小説家・宮木あや子
【プロフィール】みやぎあやこ・小説家。小説『花宵道中』で第5回R- 18大賞と読者賞を受賞し小説家デビュー。文庫新刊『手のひらの楽園』など作品多数。漫画化された作品に『花宵道中』、舞台化された作品に『野良女』『雨の塔』、映画化された作品に『群青』ほか。ドラマ化された作品に『校閲ガール』『婚外恋愛に似たもの』など、映像化された作品も多い。