それが渡さんの望みだから──やりきれない思いを抱えつつも、実直に守ろうとしているのだろう。
一方、昭和の大スターだった裕次郎さんの法要は、折に触れ大々的に開催された。1999年の十三回忌法要では、神奈川県内の菩提寺に20万人がつめかけた。2009年の二十三回忌法要は、国立競技場(東京・新宿区)にその菩提寺を原寸大で再現。来場者は11万人を超えた。
2019年の三十三回忌をもって、まき子さんは「弔い上げ」を宣言したが、同日、裕次郎さんと渡さんのプライベート音源だけを使った三十三回忌記念CD『裕次郎・渡哲也 プライベート』が発売された。
「まき子さんは裕次郎さんが亡くなっても彼と一緒に生きているような人。だから、『裕次郎記念館』も造ったし、法要もファンたちを呼んで盛大に行ってきたんです。それこそがまき子さんの『裕次郎の妻』としての自負です。
一方、俊子さんは正反対で、“せめて亡くなったあとは、静かにしてあげたい”というのが本音のようです。法事が大掛かりになればなるほど、事務処理など大変な作業が増えることは、俊子さんが身をもって知っています。今後、周囲に何を言われようと、沈黙を貫くつもりなのでしょう」(前出・芸能関係者)
この世を去ってなお、自分のために尽くしてくれようとしている俊子さんに、渡さんは天国から感謝の気持ちを送っていることだろう。
※女性セブン2022年9月22日号