短鎖脂肪酸は、腸の細胞を刺激して「インクレチン」というホルモンを分泌させる作用がある。インクレチンはすい臓を刺激し、血糖値を下げる「インスリン」というホルモンの分泌を促す働きをもつ。
「世界中で60年以上使われている糖尿病治療薬の『メトホルミン』は、余分な糖を便として腸に排出させ、それによって腸内細菌が働くことで糖が短鎖脂肪酸に変換されている可能性が示されました。海外では水溶性の食物繊維を原料にした糖尿病治療薬も開発されています」(松生さん)
食物繊維が腸で作用すると、血糖値の改善も見込めるのだ。一方、食物繊維が不足すると、免疫力が低下することもわかっている。
「腸管の上皮細胞はムチン層というネバネバした“バリア”で守られており、有害な細菌が体内に侵入するのを防いでいます。ところが、ムチン層で共生している腸内細菌は、えさとなる食物繊維が不足すると、代わりにムチン層を食べてしまう。するとバリアが薄くなり、腸管の炎症を起こしたり、感染症にかかりやすくなったりして、免疫力が低下するのです」(森田さん)
私たちが腸内で“飼っている”腸内細菌は、食物繊維というえさを与えなければ、死んでしまうか、代わりのえさを求めて暴走する。どちらにせよ、健康を害することは明白だ。食物繊維は、ヒトと腸内細菌が共生関係を築くための必需品というわけだ。腸内環境が悪化すると、真っ先に体に表れる不調は、やはり便秘だ。
「日本人の3人に1人は痔だといわれており、その原因は腸内環境の悪化による便秘です。排便でいきむことを『怒責』といい、これは便が硬いことで起こります。腸のぜん動運動が弱まることでいきむ時間が長くなり、排便のたびに圧がかかるのが原因です。努責を繰り返していると次第に直腸の周りの静脈がうっ血し、それが膨らむことで痔になります」(川本さん・以下同)
一度痔になれば、痛みによってさらに排便がスムーズにできなくなり、便秘は悪化する。その悪循環で腸内環境はますます悪くなり、腸内には悪玉菌が増えていく。すると今度は「大腸劣化」につながるという。
「食物繊維を意識的に摂取すると、腸内環境は早くて2週間ほどで改善し始めるといわれています。ところが、大腸が劣化するスピードはそれよりもはるかに速い。大腸が劣化すると、糖尿病や高血圧、脂質異常症、ひいては動脈硬化など、さまざまな生活習慣病を招きます」
その最たるものが大腸がんだ。詳細なメカニズムや確たるエビデンスは明らかになっていないが、食物繊維が不足すると、大腸がんの発生率が上がることがわかっている。現在、日本人女性の13人に1人、男性の11人に1人が、一生のうちに大腸がんと診断されている。しかも、男女合わせて年間約5万人もの人が、大腸がんで亡くなっている。
1998〜2016年にかけて行われた、国立がん研究センターの追跡調査によれば、男女とも、食物繊維摂取量が多いほど総死亡リスクが低下していることが明らかになっている。食物繊維摂取量が少ない人の死亡リスクを1とすると、日常的に充分な量の食物繊維を摂っている人は、女性0.82、男性0.77まで下がった。食物繊維が不足すると、便秘や痔ばかりか、がんリスクや死亡リスクまで上がるのだ。
※女性セブン2022年9月29日・10月6日号