東武東上線高坂駅(埼玉県東松島市)からほど近い閑静な住宅地に、大東文化大学陸上競技部の寮は建つ。監督就任1年目にして、4年ぶりの箱根駅伝出場を決めた真名子圭は切り出した。
「うちは地域の、高坂の人たちに愛されてきました。祭りに参加させてもらったり、小学校でランニング教室をさせてもらったり……。そうした伝統を継承していきたいんです」
大東大は4度の箱根優勝を誇る。だが、1991年を最後に優勝から遠ざかり、この3年間は出場すらかなわなかった。古豪復活を関係者だけではなく、地元住民も期待していた。その願いを託されたのが、大東文化大OBで、2019年の全国高校駅伝で仙台育英高校を日本一に導いた真名子である。
だが、当初の印象を「予選会止まりのチームだった」と率直に口にする。一目練習を見て分かったという。ダラダラと気を抜いたジョグをしていたのだ。ジョグはゆっくりしたペースで走る、ランナーの原点とも呼ばれる練習である。
「余裕を持ち、なおかつリズムよく走る。気づいたらペースが上がっているのが理想です。ジョグの質が上がらないと強くなれない」
真名子はジョグを基礎から鍛え直した。また練習態度は普段の生活とも無関係ではない。寮やグラウンドを訪ねる客に挨拶しない部員も少なくなかった。真名子は選手たちに、なぜ走るのか、練習の目的は何か、考えさせるよう語りかけてきた。「能力があっても意識を変えなければ開花しない」「力の差は埋まらないこともあるけど、心の差は埋められる」……。その言葉は、長年、高校生と向き合った教育者らしい。
「朝練で公道を走るでしょう。散歩中の高齢者が一歩よけて道を空けてくれる。それを当たり前に思うか。通り過ぎるときに『ありがとうございます』と言えるか。その違いが応援してもらえるチームになれるかどうかの差だと思います」
新監督の言葉を素直に受け止めたチームは変貌した。春に自己ベストを更新した選手たちは、6月の全日本駅伝予選会を突破し、本戦出場を果たす。さらには箱根駅伝の予選会もトップ通過した。箱根には中央大の吉居兄弟をはじめ仙台育英高時代の教え子が、6校で出場する。真名子はかつての教え子たちにエールを送りつつも苦笑いした。
「1人の選手として素直に結果を出してほしい。ただもしも、うちの選手と競り合うようなことになったら、そこはうちの選手に勝ってもらいますよ」
(文中一部敬称略)
取材・文/山川徹
※週刊ポスト2023年1月1・6日号