そもそも信仰というのは、人智を超えた脅威や災害を前にして山や海に祈るなど、元々は共同体単位の小さな祈りだったものが、人間の行動の拡大と共に神もまた大きくなっていったという。
「その点、日本では仏様や神様が寛大だからか、キリスト教も数は少ないものの、比較的いい形で浸透していると思う。日本人が不倫を叩くのも根が倫理的というよりは、明治期に純潔思想が入ってきた影響でしょうし、NPOや慈善団体にもクリスチャンは実は多い。その影響を無意識のうちに受けているとしたら、悪いことではないですから」
一方で父権性を前提とする教会社会は〈構造的に女性差別を内包している〉と問題提起する女性信者や、聖職者不足や高齢化を憂う声など、ここにはキリスト者や日本の今が確かにある。
「正直、洗礼を受けようかと思う瞬間もありました。自分の力とは思えないような出会いが重なった上に、『貴女の背中をイエス様が押してらしたわ』など、皆さんに言われますしね。
確かに教会に通うことで生活に張りやリズムが生まれ、現実と違う位相に目を向ける効果もあるとは思う。でも私にはむしろイエスの死後、弟子達が迫害されながらもキリスト教を作り、イエスの言葉を述べ伝えた思いが凄く迫ってくるんですよ。そういう切実な祈りや人間の営みの方を、私は素晴らしいと思うんです」
だからだろう。本書には幾多の困難に直面しながらなお神に問い続ける私達の隣人の姿が克明に記される。それぞれの物語にじっくり、1つずつ耳を傾けるのが、理想の読み方かもしれない。
【プロフィール】
最相葉月(さいしょう・はづき)/1963年東京生まれ神戸育ち。関西学院大学法学部卒。1997年『絶対音感』で小学館ノンフィクション大賞。2007年の『星新一 一〇〇一話をつくった人』で大佛次郎賞、講談社ノンフィクション賞、日本SF大賞、日本推理作家協会賞、星雲賞。著書は他に『青いバラ』『いのち 生命科学に言葉はあるか』『東京大学応援部物語』『ビヨンド・エジソン』『セラピスト』『れるられる』、エッセイ集『なんといふ空』『辛口サイショーの人生案内』等。157cm、O型。
構成/橋本紀子 撮影/国府田利光
※週刊ポスト2023年3月3日号