「ブリテンズ・ゴット・タレント2009」で見出されたスーザン・ボイル(EPA=時事)
哲学者のアリストテレスは、可笑しさを「他人に苦痛や害を与える失策または不格好」と定義している。この時、安村のネタを見た審査員や観客、イギリスの人々は、この”可笑しさ”を体験したに違いない。
全裸と聞いた女性審査員は「しなくていいから」と答え、男性審査員も「遠慮するよ」とうんざりした声を出す。裸芸から予想されたのは、下品なパフォーマンスだったのかもしれない。安村のパフォーマンスへの興味はゼロどころかマイナスで、下手すればこのままブザーを押すのではないかぐらいのどんよりした空気が漂った。
だが安村は、「Football player naked pose」と告げるとたるんだお腹を震わせながら音楽に合わせて踊りだし、サッカー選手の全裸ポーズを披露。このパフォーマンスにみるみるうちに引き付けられていく審査員たちの様子が、これまた面白い。目を大きく見開き、前に乗り出していく。固まっていた表情が崩れ、立ち上がって歓声をあげ、安村を指さしたのだ。
審査員たちが「しなくていい」「遠慮する」と言ったのは、不快にさせられる可能性があったからだろう。音楽が鳴りだすと、何が起きるのか興味津々の会場に緊張が走ったが、彼らが目にしたのは、アリストテレスのいう不格好な”可笑しさ”だった。緊張が一気に緩み、その反動で大きな笑いが沸き起こる。笑いというものは、緊張が緩んだその解放感から出るともいわれているのだ。誰かの心を傷つけることなく、不快にも不愉快にもさせないパフォーマンスは、一瞬のうちに審査員と聴衆の心をつかんだ。
次に披露したのは競馬の騎手のポーズ。日本だったら相撲のポーズだが、ここはイギリス。会場は大爆笑、審査員も立ち上がって大笑い。ジェームズ・ボンドにスパイス・ガールズとイギリス的なパフォーマンスに会場から大きな歓声が上がった。もちろん審査員たち4人全員が文句なしの「Yes(合格)」。
「人生で一番うけたよ!」という安村のネタは、まさにアリストテレスのいう可笑しさを地でいったようなもの。きっとこの面白さは、世界中の人々を笑わせてくれるだろう。