かねて、「猿之助」という名跡は歌舞伎界に新風を送り込む存在だった。
「二代目は大正の時代に海外の演劇の感覚を歌舞伎に持ち込み、特にロシアバレエの要素を加えた立体感のある振り付けが反響を呼びました。三代目の功績は1986年の『スーパー歌舞伎』の旗揚げでしょう。古典芸能とは対となる現代風歌舞伎で、第1作の『ヤマトタケル』は語り継がれる名作です」(前出・歌舞伎関係者)
猿之助自身、その名跡が持つ特性を理解していた。
《僕が継承すべきは、作品をそのまま真似ることではなく、“猿之助”の精神だと思っています。その最たるものが、成功した作品でも常に洗い直す心。亀治郎時代は自分の工夫を加えることはできませんでしたが、僕はもう猿之助です》(『婦人画報』2014年11月号)
実際、猿之助はスーパー歌舞伎をさらに昇華させ、大人気コミックを基にして2015年に『ワンピース』を初演し好評を博した。2024年にはこちらも人気コミックの『鬼滅の刃』の歌舞伎上演を控えている。
「名門・澤瀉屋において『猿之助』の力は絶大です。今回の明治座の公演もそうですが、座頭として自分の名を冠する興行ですから、演目や内容の決定に始まり、キャスティングにも意見が反映されます。そればかりか、舞台を裏側で支える劇場関係者、衣装関係者、大道具関係者なども、猿之助の一言の影響力は大きく、権力が集中する立場にあるんです。トップ役者であると同時に、有力プロデューサーでもあるわけです」(前出・歌舞伎関係者)
興行の成否に重大な責任を負うからこその構図だが、歪な力関係をもたらしてしまったようだ。
「かつて、猿之助さんは一門の弟子に向かって“弟子なんか家畜だからな! お前らは家畜だよ!”と怒鳴り散らしたことがあったと言います。澤瀉屋のリーダーとして絶大な力を持っている分、一門に関係する役者たちは猿之助さんには絶対に逆らえない。そうした業務上の上下関係が、一般社会で言うハラスメント行為に発展してしまっているのです。
もちろん猿之助さんは独身なので、業務上の上下関係があっても、お互いが求め合えば自由恋愛です。ただ、業務で優越な立場にある側が性的な関係を求めることは、相手の受け止め方によってはパワハラやセクハラにあたるのはいまや常識です」(前出・劇場関係者)
それでも拒絶できないのは、先述したように、猿之助が興行において絶対的な権力を持っている構図にある。こんな証言もある。
「ある俳優は猿之助と深い関係だった。ところが、あるときに関係を断ったら舞台に上げてもらえなくなったばかりか、一定期間、楽屋にさえ出入りできなくなったそうです」(別の劇場関係者)
そうしたことが重なり、「猿之助さんを拒絶したら怖い」というイメージが、一門の中には充満しているのだという。
「逆に、仕事のため、将来のためと自分に言い聞かせてがまんすれば、猿之助さんの覚えがめでたくなり、芸歴や実力には不相応ともいえる『役』を与えてもらえるんです。近年はそれが露骨になっている。10年、20年と歌舞伎をやってきた役者がエキストラのような役をやり、覚えめでたい駆け出しのアクション俳優が突然、新作歌舞伎で大役を任されるんです。
一方、そうして役をもらった役者は、周囲からは“猿之助のお気に入りなんだろう”“役をもらうために媚を売っているのだろう”などとうがった見られ方をされて、それもつらい状況なんです」(前出・劇場関係者)