パブピアでの指摘に対して責任著者がサイト上で回答しているケースもあるが、大津氏は現時点で何も反応していない。
こうした基礎研究の大半が、文部科学省の「科研費(科学研究費助成事業)」によって行われる。
それはつまり“国民の税金”で賄われる研究ということだ。大津氏が不正を指摘された7つの研究論文のうち6つは、科研費が入った研究課題の発表論文である。研究課題全体に支給された科研費は総額7916万円にも上ることが、取材班の調べで判明している。
これだけ多額の科研費が投入されても、不正行為があれば研究論文としての価値は無に帰する。
数多くの研究論文を手掛けてきた日本医科大学の勝俣範之教授はこう述べた。
「驚きました。これが事実だったら、前代未聞の不正行為です。心臓病の分野で日本のお手本となる国立病院のトップが研究論文の捏造や改ざんをしていたのなら、医学研究の信頼性が根本から揺らいでしまう。重大な日本の危機です」
勝俣教授によると、これまで画像の使い回しなどを“人の目”で見抜くことは現実的に難しかったという。ではなぜ、パブピアでこれだけ多くの不正の疑いが指摘できたのだろうか?
「最新のAI(人工知能)を使って過去の膨大な論文のデータベースと照合した結果だと思います。研究論文は専門家による査読という事前審査がありますが、別の論文の画像と比較するまでは無理です。今回はAIでなければ見抜けなかった不正行為です」(勝俣氏)
大阪大グループの存在
国立循環器病研究センターは、医療関係者の間で通称・国循(こくじゅん)と呼ばれる。
「東の国立がん研究センター、西の国循」と言われ、心臓病の治療や移植などで日本の司令塔というべき存在だ。米ニューズウィーク誌の「世界病院ランキング」で、心臓治療の2部門でアジア1位にもなっている。
現在、国循の理事長を務める大津氏は大阪大学医学部を卒業。同大の循環器内科に進み、心不全の原因や治療薬の開発を目指す基礎研究グループの中心的存在となった。
2002年当時、大津氏は大阪大の講師だったが、翌年以降に不正が指摘されている3本の論文を続けて公表した後、助教授に昇格する。
その後、同様の指摘がある2本の論文を公表すると、英国キングスカレッジロンドン大に教授として招聘された。
そして、前述の世界的な医学誌『Circulation』に論文が掲載された翌年、国循のトップとして凱旋帰国を果たしたのである。
〈9年間、海外から日本の現状をみて、大変な危機感を持ちました。(中略)これからさらに進化し、着実に一歩一歩、世界最高峰の循環器病研究センターを目指したいと思います〉と大津氏は理事長就任の挨拶を述べていた(国循の公式ホームページより)。