撃ったばかりの母熊。毛は思っていたよりも柔らかく、体に触れると熱かった
自然番組ディレクターという仕事
異常発生したバッタの大群のような人混み。押しつぶされそうになりながら満員電車に体をこじ入れ、渋谷のオフィスに通う日々が続く。
地下鉄がカーブを曲がる時の、金切り声に似た軋みが脳を絞り上げる。思わず耳を塞ぎたくなるが、身動きは一切できない。窓の外に見えるのは、数十センチ先を猛然と流れてゆく暗いトンネルの壁だけ。むせ返るような人熱に、額がじっとりと汗ばむ。
僕のカバンの角が当たっているのか、密着している隣の乗客が不愉快そうに肩を揺すり、ギロリと一瞥をくれる。申し訳ない気持ちになりながらも、内心では、僕だけの落ち度ではないのにと思う。彼ら自身もこの状況を作り上げている一因子であるはずだ。同様に僕も、足を思い切り踏まれた日には、同じ目付きで他の乗客を睨みつけてしまっている。
身も心も雁字搦めになっている自分の姿から目を逸らす。抗うのではなく、慣れなくてはいけないのだと、自らを諫める。
ようやく駅に着いて地上に出ると、目の前には乱立したビルが徒党を組むように立ちはだかる。壁面には、尋常ではない数の巨大デジタルサイネージが寄生し、目に痛い光と僕には不要な情報のシャワーを浴びせてくる。
背後の駅は続々と人間を吐き出す。その波に飲まれた僕は、息をつく暇もなくスクランブル交差点に放り出され、センター街に飲み込まれてゆく。カラスがつついたポリ袋から溢れた生ゴミに、羽目を外し過ぎた誰かの嘔吐物。全てを見なかったことにして、刺激臭が鼻をつく路地を足早に通り抜ける。
職員証をタイムレコーダーにかざして出勤時間を打刻する頃には、既に気息奄々となっている──。
僕は自然番組のディレクターとしてテレビ局で働いていた。入局から何年もかけて、遂に配属された憧れの部署。日常生活にストレスと違和感を抱えながらも、仕事へのやりがいが僕の心を支えていた。視聴者に見てほしいと思う生きものがいて、一筋縄ではいかないものの、企画さえ通せれば世界中どこにだって行けた。