とは言え、野生生物の生態を撮影するのは本当に大変だった。行動が殆ど読めない上に、撮りたい瞬間にカメラが回っている必要がある。人間相手のインタビューならば、「すみません、もう一回説明してもらえませんか」などとお願いできるが、ライオンに「もう一度シマウマを襲ってください」と頼むことは不可能だ。更に、現地に行ってみたら、そもそも撮影対象の生きものが全く見当たらない、といった事態もザラだ。企画書通りに物事が進んだためしなど、一度たりともない。

刺激的だが違和感を覚える日々

 それでもディレクターには、視聴者にとって面白く、十分観るに値する番組を作る責務がある。成果のないままに一日が終わり、肩を落として宿に帰る。壁にかけたカレンダーの日付をバツ印で消し、少なくなる一方のロケの残り日数を数える。撮影期間が終わった後のスケジュールは、編集、ナレーション録り、テロップ入れ、オンエアと、既に細かく固められている。そして、放送に穴を開けることは許されない。

 自然番組のディレクターという職業については、羨ましがられることも多い。確かに、行きたい場所に行き、会いたい動物に会い、給料を貰ってはいる。傍から見ると、いかにも恵まれた仕事だろう。でも実際は、多大なプレッシャーと胃痛に悩まされ、このまま消えてしまいたいと思い悩む日々の連続だ。

 そうした中、たまにではあるものの、決定的なシーンが撮影できることもある。艱難辛苦を乗り越え、努力が実を結んだ瞬間。全ての苦労が報われ、喜びが爆発する。毎回、取り上げた生きものに入れ込み、愛着のある番組が完成する。しかし、放送が終わればそこで区切りが付く。そして、また一から新しいテーマを探し、企画を練る。僕は、自分の知識と経験を広く浅く、言わば水平に拡張させていった。

 刺激的ではあるものの、違和感を覚えることもあった。もっと何か、一つの物事を追求し、究めてゆくような人生を送りたい、と考えてしまうのだ。

 ある日、そんな僕に転機が訪れた。会社の上司から、北海道での勤務を打診されたのだ。元々、定期的に地方転勤がある職場で、かねがね北海道で働いてみたいとは思っていた。そして、北海道でなら、ずっとやってみたかった狩猟ができるかもしれない。僕は二つ返事でその申し出に飛びついたのだった。

【プロフィール】
黒田未来雄(くろだ・みきお)/1972年、東京生まれ。東京外国語大学卒。1994年、三菱商事に入社。1999年、NHKに転職。ディレクターとして「ダーウィンが来た!」などの自然番組を制作。北米先住民の世界観に魅了され、現地に通う中で狩猟体験を重ねる。2016年、北海道への転勤をきっかけに自らも狩猟を始める。2023年に早期退職。狩猟体験、講演会や授業、執筆などを通じ、狩猟採集生活の魅力を伝えている。https://huntermikio.com

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