泊まったホテルはワイキキの海岸からしばらく歩いた下町にあって、簡素な部屋にはベッドが2つ。ベランダに出ると海のカケラが見えるけど、お風呂はバスタブなしでシャワーだけ。聞いたら、ツアー代金は航空運賃も含めて8万円弱だそう。それを払えない私はひと言も文句を言えた義理じゃない。でも口に出さないぶん、いろいろと胸に残るんだよ。たとえばあれほどお願い口調だったN子が現地に着いたら、バリバリ上から目線になったとか。
それだけじゃない。スーパーの品出しをしているハワイのおばちゃんやレジのお姉さんの何もかもあきらめきったような顔が何よりこたえたの。ワイキキ海岸に隣接している高級ホテルでもそう。草取りとか掃除とか肉体労働をしているのは元からハワイに住んでいる人たちばかりで、顔を上げず黙々と作業をしている。その横を短パンにTシャツのアメリカ人観光客が通り過ぎていく。
観光地はどこでもそんなものだと言われたらそうだけど、何かが違うんだよ。たとえばタイのバンコクでは、ホテルの通路で清掃の人と会うとニッコリ笑って挨拶をしてくれるし、イタリアやギリシャの安宿でもそう。
ハワイ滞在中は、カップ麺を食べながらホエールウオッチングもしたし、日本人ご夫婦の家にバーベキューに招かれたりもした。でも、このアメリカンな空気を心から楽しめないのは、無一文だったからだけじゃないと思う。
あ、でもこの旅でいいこともあったんだわ。「やっぱり地道に稼がなくちゃダメだ」とギャンブル熱がほどほどに冷め、ライター稼業のかたわら、ビジネスホテルの清掃の仕事を始めたの。あの旅が立ち直りのフックになったのは確かだよね。
転んでもタダでは起きない? おかげ様で。
【プロフィール】
「オバ記者」こと野原広子/1957年、茨城県生まれ。空中ブランコ、富士登山など、体験取材を得意とする。
※女性セブン2023年9月7日号