A氏が叡敦さんに対する性暴力を認めた「念書」

A氏が叡敦さんに対する性暴力を認めた「念書」

2つの大ニュース

 14年間のうち、叡敦さんは2017年10月と2023年1月の2度、寺を出ている。このうち2度目が本格的な脱出となった。2度の動きを誘発したのは、いずれも外の世界の「大事件」だった。

 1度目は2017年5月下旬、叡敦さんが偶然、自らの身に起きた性被害について告発した伊藤詩織さんの記者会見を見たことだ。

 新聞やテレビのニュースにふれることをA氏から許されていなかったが、この日はたまたま叡敦さんがいる台所のテレビをつけっぱなしにしたままA氏がトイレに立った。叡敦さんがいう。

「ほかのことやっていた画面がその時、記者会見をする1人の女性に切り替わったんです。それが詩織さんで、顔を出して被害を訴えていたから、びっくりしました。私はAから『(性被害を訴えても)お前のいうことなんて誰も信じない』といわれていたから……ただただ衝撃的で、彼が戻ってくる直前にチャンネルを変えた」

 これがスイッチとなった叡敦さんは支援者の力を借りて5か月後の10月、一度は寺から抜け出した。その際、A氏を強姦罪で告訴状を警察に提出した。だがこれが不起訴に終わったことで「これが仏さまの答えか」と絶望し、A氏やB氏の説得に応じて寺に戻ってしまった。

 2度目の転機は2022年7月、安倍晋三元首相が殺害された事件を契機に旧統一教会(世界平和統一家庭連合)に世間の関心が集まったことに端を発する。

 ニュースを動画に撮ってはLINEで叡敦さんに送り続けたのは叡敦さんの夫。夫に聞くと、「妻はあれと同じやと思っとった。(叡敦さんに)入っていない情報を入れたろうと」と話した。受け取った叡敦さんは、「逃げられないと思っていた。かえってきつかった」と述懐したが、変化を促す素地になったと考えてよい。

 叡敦さんに、夫と姉夫婦が会いにきたのは2023年1月。「死ぬまでに一度だけ会っておきたい」という気持ちになって、高松のホテルまで足を運んだ叡敦さんを、3人は徹夜で説得した。3人は「地獄に落ちる。寺に戻りたい」とパニックに陥る本人を抱きかかえるように、そのまま連れ帰った。

「逃げられない」という心理は、世間から切り離された孤独によって強まる。A氏はそのことをよく知っていたのではあるまいか。

 1月31日の叡敦さんの会見直前の同日午前、電話取材で事実関係を問うた私に対してA氏は、「宗門にお話するまでお答えできない」と繰り返し、ここまでに記したような申し立てのストーリーについて問うと、「違うとも、そうですとも今は言いかねます」という答え方だった。30分間に及ぶ応答で得られた回答は多くはないが、「我々いなか者」「いなかの寺」という表現をしばしば口にしたのがひっかかった。

 取材内容を総合すると、A氏の父はこの寺の先代住職だった。若いころ香川を出たA氏は、比叡山のB氏の下に入門して5~6年の小僧生活を送った。A氏とは別に直撃取材した際にB氏は「私が大変だった時に命懸けで応援してくれた子」と弟子を評した。

 A氏は信者が先細る郷里に戻った。「それから40年間、Y寺で勤めてきた」とA氏は言った。最後の3分の1の期間、「いなかの寺」で叡敦さんを同居させてきたことになる。1人の女性ががんじがらめにされてきたという告発内容だが、宗門よりもはるかに大きな日本社会の真ん中から届いたニュースの振動で、山のふもとの小さな寺の奇妙な均衡は崩されたのである。

◆取材・文/広野真嗣(ノンフィクション作家)

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