宮城野親方の姿はなかった(時事通信フォト)
1人3万円の会費で400人が集まったとなると、祝儀を包んだ関係者のぶんを別にしても単純計算で1200万円が集まったことになる。一方で、その400人のメンバーを細かく見ていくと、同郷のモンゴル人脈のなかでの「出欠」の違いが興味深い。
「止め鋏は湊親方に代わって鳥取城北高の相撲部総監督の石浦外喜義校長が務めた。会場にはモンゴル出身の音羽山親方(元鶴竜)、大島親方(元旭天鵬)、高砂親方(元朝赤龍)の3人の親方に加え、現役力士は霧島、千代翔馬、水戸龍、狼雅が出席。鳥取城北OBでは美ノ海も鋏を入れた。だが、同じモンゴル出身でも、宮城野親方(元白鵬)や横綱・照ノ富士、豊昇龍、玉鷲、元・朝青龍などの姿はなかった」(出席者のひとり)
横綱経験者という大物だけを見ても、音羽山親方が姿を見せた一方、宮城野親方の姿はないという違いがある。何によって「出欠」の判断が分かれたのか。協会関係者はこう話す。
「逸ノ城は遊牧民出身で、もともと首都・ウランバートル出身の他のモンゴル勢とは距離があったのが実情。しかも、元・白鵬の宮城野親方は協会内での支持を広げてこれから理事を狙っていく立場でもある。師匠から離反するようなかたちで協会を去る人間には興味がなかったということでしょう。一方、元・鶴竜の音羽山親方については逸ノ城が廃業したことで年寄株『音羽山』が回ってきたかたち。これがなければ協会に残れなかったかもしれないのだから、いわば恩人。出席は当然のことです」
それぞれの思惑が交錯する点でも異例の断髪式となったようだ。
※週刊ポスト2024年3月1日号