今回の映画では触れられていないが、オッペンハイマーは1960年に知的交流委員会の招待で来日したことがある。記者会見で「マンハッタン計画に参加したひとりとして、私は日本に原爆が落とされたことを深く悲しんではいるが、技術的成功について責任者の地位にあったことは後悔していない」と述べた。来日時、広島や長崎へは立ち寄らずに帰国しており、被爆地の光景を見たくなかったからではないかとされている。

 オッペンハイマーは、核兵器により「世界が壊れること」を誰よりも危惧していた。少なくともこの映画が彼の人生を礼賛するものでないことは、事前に知っておくべきポイントだろう。そうした「原爆の父」の苦悩を知ったうえで鑑賞すると、この作品の味わいもまた変わってくる。松崎さんは、「『オッペンハイマー』はアメリカの映画界に一石を投じた作品だ」と評価する。

「第二次世界大戦を題材としたこれまでのハリウッド映画は“原爆投下によって戦争が早く終わった”というアメリカの行為を正当化する視点で作られていて、日本人からすると複雑な気持ちになることが多々ありました。ですが『オッペンハイマー』はそういう視点のほかに、原爆を作った側の苦悩や葛藤も描かれていた。これは初めてのことです。

 近年では原爆に対する若い世代の受け止め方が変化しており、彼らの琴線に触れたのもヒットの要因なのではないでしょうか」

 2015年のアメリカの世論調査では、65才以上の70%が「原爆使用は正当だった」と答えたのに対し、18〜29才では47%に留まった。若者世代ほど、原爆を使用した過去に疑問を持っているのだ。

 1947年から、アメリカの原子力科学者会報は、核戦争などによる人類の滅亡を午前0時とし、残された時間を「終末時計」で示してきた。創設年に「残り7分」だった時計は、米ソ冷戦が終結した1991年に「残り17分」まで巻き戻されたが、今年1月に発表された残り時間はわずか「90秒」だった。

※女性セブン2024年4月25日号

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