『格闘ゲーム 全一神話』/こく兄・著
【書評】『格闘ゲーム 全一神話』/こく兄・著/KADOKAWA/1782円
【評者】川添愛(言語学者・作家)
競技のジャンルにおいて、一番注目を集めるのはプレイヤーだ。しかし、ジャンルが生き残るには盛り上がりが不可欠であり、盛り上がるジャンルには必ず盛り上げ役がいる。本書は、現在格闘ゲーム業界を盛りに盛り上げている著者の、盛り上げ役としての矜持が詰まった一冊だ。
私が著者のことを知ったのは5年ほど前だが、私にとって彼はずっと、謎の人物だった。名だたるプロゲーマーたちと交流があり、ゲームの技量は彼らのスパーリングパートナーを務めるほど。配信には熱心なファンが集まり、彼が発する珍妙な言葉(通称「こく語」)の収集を趣味にしている人もいる。
私も著者が主催する「格ゲーマー人狼」や「おじリーグ」のおかげで格闘ゲーム界隈の人々の面白さを知り、どっぷりハマってしまった。業界の裏の首領とも言うべき存在だが、本人がいつも名乗っていた肩書きはただの「格闘ゲーマー」。いったいこの人は何者で、プロでもないのにどうやって生計を立てているのか? 本書ではその半生が、格ゲー30年の歴史とともに紐解かれる。
読んで感銘を受けたのは、著者の「大会で優勝して歓声を浴びたい」「人気者になりたい」という野望が、つねに地道な努力とセットになっていることだ。一足飛びに高い目標を目指すのではなく、地味な反復練習や日々の配信、そして人とのつながりをものすごく大切にしている。そして、失敗や苦境も「転機」と考え、けっして投げ出さない。そういったプロ並みの真剣さがなければ、盛り上げ役は務まらないのだろう。
ゲーム配信のパイオニアである総師範KSKの補足コメントや、ウメハラを始めとするプロゲーマー、人気配信者との対談も嬉しい。道なき道を歩んできた人々の言葉はどれも清々しい。読みやすいので、格ゲーの世界への入り口としてもお勧めだ。
※週刊ポスト2025年5月9・16日号