なぜその嘘を言ったのか、背後にあるものを考える
家族間での証言が食い違うことも多々ある。本では、食い違いをそのまま、阿部さんは、どちらが正しいと決めつけずに書いていることが印象に残る。
「私は人を裁く立場にはないので、もしかしたら嘘を言っている人もいるかもしれないけど、じゃあ、なんでその嘘を言ったのか、背後にあるものを考えるのが大事なのです。加害者支援の活動でも、自分に一番都合のいい話をする人もいますけど、否定せず、なんでこの人はこう主張したいのかなと考えるようにしています」
支援される側の事情は千差万別で、ひとくちに支援といっても求められることは人それぞれに違っている。マニュアル化しづらい活動だと思う。
上からでなく下から、たとえるなら重い荷物を持ってあげる仕事だと阿部さん。ひとつ区切りがついても、また違う誰かから助けてほしいと言われ、阿部さん自身がしんどくなってしまうことはないだろうか。
「そのしんどさから解放されるきっかけになったのが、ものを書き始めたことなんです。世の中に出して、自分もそうだったっていう反響があったりすると、この人の苦しみや葛藤にも意義があったと思えますし、その瞬間、個人の苦しみが社会と共有されるんですね。それで全部浄化されています」
当事者の同意を得て、個人が特定されないように修正するのに時間がかかった。本を出すタイミングについても慎重に考えたそうだ。
「加害者支援の活動も、2004年に犯罪被害者等基本法ができて、被害者を支援する体制が整ったことでようやく加害者側も、という空気になりました。ですから、私たちの活動もメディアが取り上げやすかったと思います。
問題提起するタイミングというのは非常に大事で、もうずいぶん前から事件の背後にある近親性交の問題には気づいていましたけど、性加害の問題が社会で議論されるようになった今、提起できて良かったと思っています」
阿部さんの『高学歴難民』『息子が人を殺しました』といった作品の漫画化も進んでいるという。
「学術研究だけだと社会的な普及力がどうしても弱いじゃないですか。近年は、映画やドラマの中でも加害者家族というテーマが取り上げられることも増えてきました。漫画化もそのひとつで、エンターテインメントの中にそうした問題が描かれ、社会に共有されるようになるのを、私はとても歓迎しています」
【プロフィール】
阿部恭子さん(あべ・きょうこ)/1977年宮城県生まれ。特定非営利活動法人「World Open Heart」理事長。東北大学大学院在学中の2008年に日本で初めて犯罪加害者家族を対象とした同組織を設立し、直接的支援や啓発活動を開始した。現在は全国の加害者家族からの相談に対応している。主な著書に『息子が人を殺しました 加害者家族の真実』『家族間殺人』『家族という呪い──加害者と暮らし続けるということ』『加害者家族を支援する 支援の網の目からこぼれる人々』『高学歴難民』など。7月18日に東京・下北沢の書店『B&B』で本書の刊行イベントが予定されている。
取材・構成/佐久間文子
※女性セブン2025年6月19日号