構想時は古臭いと感じたテーマか
例えば〈役に立たぬ者、醜い者は消えてしかるべきと平然と宣う者こそが、最も醜い〉〈少なくとも、そういう考えのもとに今の巣の宮は出来ています〉とジョウは言う。戦で荒んだ帝の心を慰め、巣の宮を変えたのが皇后イリスなのだとも。
が、アダはそのジョウとイリスが元は政敵であり、今の皇后は偽物に違いないと主張。そして〈あなたが、皇后の正体を探るのです〉と言われ、探索役を託されたナオミの追う謎自体が徐々に変質するのも楽しい。
「私自身が謎や発見のある物語が好きなんですよね。今回も幾つかミスリードに繋がりそうな伏線や道筋を用意しつつ、読者が驚いたり楽しんだりできるファンタジーを目指しました」
同時に目を引くのは、自然界を構成する四元素の些細な配分や姿形の違いを巡って諍いと排除の歴史を延々繰り返す、まるで現実世界を見るような愚かさだ。著者が「好きなものを好きなだけ盛り込んだ」という本作は、花や宝石や建築等々、美しいものには事欠かないだけに、それらがグロテスクな欲望のすぐ隣にある事実が余計に際立つ。
「私はいつも自分の作品を今、世に出すだけの意味のあるものにしたいと思っていて、実は構想した当初、このテーマは古臭いかなあとも、正直感じていたんです。それでもやっぱり大事なことだと書き進めたら、現実の世界情勢の方がどんどん不穏な方向にいき、結果的には現代的な意味を持ってしまった。その点は全く喜べないんですけどね。
ただ、ひとつ言えるのは、普段あまりファンタジーを読まない方のファンタジー像って、正確にはメルヘンに近いのかなって思うんですよ。むしろファンタジーにこそ現実を鋭く問い直せる力があると私は考えていて、夢と魔法と砂糖菓子の世界に見せて、書かれていることは相当シビアだったりするんです」
自身のファンタジーとの接点は、「物心つく前から」。
「それこそ字を覚える前は絵で物語を書き、幼稚園のバスの中で隣の子に自分で作ったお話をしてみたり。それがどうやら世間でいうファンタジーらしいことや、書き手を作家と呼ぶことも後から知ったんです。あ、私、小説家なのかって(笑)。
もちろん『アンパンマン』だって一種のファンタジーですし、先行作品の影響が全くないとは言いませんが、私の場合はファンタジーを摂取したからそれを書くというよりは、現実にはない世界や物語を生まれながらに好む、どこか本能的なものがあるんだと思います」
やがてナオミが辿り着く巣の宮の秘密や帝の真意もさることながら、ジョウやフレイヤ、ティアといった個性的な面々が、それぞれ何を大事に思い、何に美を見出してきたかに、最大の逆転劇は潜むともいえよう。
巣の宮に来た当初は〈謙虚〉という殻に閉じこもっていたナオミが、〈無力で無知でいたかったというの?〉と諭されたりしながら覚醒していく姿が眩しい、どう考えても美しい精霊ファンタジーである。
【プロフィール】
阿部智里(あべ・ちさと)/1991年群馬県生まれ。早稲田大学大学院文学研究科修士課程修了。前橋女子高在学中から松本清張賞に応募。早大文化構想学部在学中の2012年『烏に単は似合わない』で同賞を受賞し、『玉依姫』『亡霊の烏』等々、シリーズ累計240万部を突破。2024年第9回吉川英治文庫賞受賞。かつて母校の記念式典で出版社勤務のOGに小説家になる夢を直接訴え、助言を受けた逸話も有名。「そして数年前、今度は私が同じ式典に呼ばれて、本好きな後輩に囲まれました」。152cm、B型。
構成/橋本紀子
※週刊ポスト2025年6月27日・7月4日号