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阿部智里氏『皇后の碧』インタビュー「夢の世界に見せて相当シビアなことを書くファンタジーには現実を問い直す力がある」

阿部智里氏が新作について語る(撮影/国府田利光)

阿部智里氏が新作について語る(撮影/国府田利光)

 人は自分が慣れ親しんできた価値観や近しい人間の意見ほど、正しい、本当だと、信じてしまいがちだ。転じて美しさはどうか? これこれこういうものが美しいのだと、やはりその基準を無意識に縛られてはいないだろうか──?

 2012年のデビュー作にして松本清張賞受賞作『烏に単は似合わない』以来、累計13作、240万部を数える八咫烏シリーズで知られる阿部智里氏の待望の最新作『皇后の碧』でも、精緻に創り込まれた世界観や精霊達の見目麗しさについ目が行きがちだが、著者は言う。

「実は作中には一言も書いてないんですが、今回モチーフのひとつにしたのが、19世紀末に世界を席巻した新しい芸術こと、アール・ヌーヴォーで、これは芸術や美しさとは何かについて私なりに考え抜くうちに、モチーフがテーマになっていった作品でもあります」

 舞台は火、水、土、風をそれぞれ要素とする一族が、幾多の戦を経て、ようやく平穏を取り戻しかけた世界。5年前に故郷を〈火竜〉に焼かれ、家も家族も失って〈孔雀王ノア〉に拾われた〈ナオミ〉は、土の精霊でありながら鳥の一族の居城〈鳥籠の宮〉で女官を務める、16歳の異物だった。

 ある時、彼女は孔雀王の新たな妻の選定にやってきた〈蜻蛉帝シリウス〉から突然夜伽の相手を命じられ、〈そなた、どうせなら本気で私の寵姫の座を狙ってみないか〉と、帝の居城〈巣の宮〉行きを打診される。

 蜻蛉帝といえばかつて鳥の一族に勝利し、風の精霊の長となる過程で、孔雀王の妻〈イリス〉を強引に奪って皇后とした残酷な男だ。その皇后の瞳に似た緑色の宝石を集めて首飾りにし、遠征中も肌身離さない帝は、なぜ自分が選ばれたのか、答えは自力で探すがいいと、いわば城内での〈謎解き〉をナオミに命じたのである。

「私はいつも何かのシーンがまず浮かび、その印象がどう書けば際立ち、面白い物語になるかという技術や組み立てに執筆の9割を費やしていて、元々この作品は中華風のファンタジーにするつもりだったんです。

 ただ当時から既に中華物は人気でしたし、だったら他では見ない世界を書こうと思って、辿り着いたのがアール・ヌーヴォーでした。そこには20世紀初頭までに蓄積された古典主義やロココ調、シノワズリやジャポニズムといった要素までが全て含まれ、アジア人の私が手を付けても許される余地があると思ったんです。

 しかも所詮は商業芸術で、深掘りしても何も出ないとさえ言われたアール・ヌーヴォーですが、調べてみるとすごく奥が深い。当時、美の象徴とされた女優サラ・ベルナールにしても、女性が主役の時代に見えて実はその肉体も消費の対象とされていたり、単に美しくてキラキラした話にはできないなという気づきもありました」

 こうして物語は蜻蛉帝の寵姫候補として後宮を訪れ、皇后イリスや、第一寵姫で高位の火の精霊〈フレイヤ〉、第二寵姫で水の精霊〈ティア〉からも第三寵姫として無事許しを得たナオミが、帝の意外な優しさや、巣の宮の懐の深さに感化される成長譚として展開していく。

 その間、ナオミは案内役の宦官で年老いた甲虫の精霊〈ジョウ〉から城の歴史やまじないのかけ方を学び、かたや孔雀王の腹心の侍女〈アダ〉からは〈ここは、そう簡単に心を許していい場所ではないのですよ〉と釘を刺され、謎解き以前に誰の言うことが本当なのか、わからなくなるのだった。

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