第107回全国高校野球選手権大会(時事通信フォト)
「あの頃は、甲子園に出るために自分の時間をすべて費やしていました。この先もちろん70才や80才まで生きるつもりですが、当時のぼくは、甲子園という夢に向かって自分のすべてを捧げていた。高校3年間は野球さえしていれば、すべてが滞りなく進んでいたんです」(大武さん・以下同)
それだけに夢が断たれたときのショックは大きい。2020年5月20日、この年の夏の甲子園が中止になったことを大武さんは監督から知らされた。
「全然イメージできなくて、最初はドッキリかと思いました。徐々にテレビでもニュースが流れて、泣き出した選手を見ているうちに実感がわいてきました。そこからしばらくは野球から完全に身を引いて、テレビで甲子園が中継されていたらすぐ消した。野球が嫌いになって野球に恨みしかなく、その間のことはよく覚えていません。甲子園は、ぼくの18年の人生のすべてだったので、それほど衝撃がありました」
甲子園の魔力に取りつかれるのは高校球児だけではない。応援する家族にもその熱は伝播する。埼玉県に住むIさん(50才/女性)が語る。
「小柄な息子が野球を始めて最初は心配していました。でも、1日も練習を休まず、甲子園出場をめざすと話してくれたとき、体だけでなく心もこんなに大きく成長したのかと母親として誇らしかったです。同時に私も夫も、平日も休日も関係なく朝から晩まで野球漬けの子供の夢をかなえることに生きがいを感じ、自分の時間はすべて息子と野球に費やしました」
家族のフルサポートもあり、息子は高3のとき甲子園出場を果たした。その姿を現地で観戦した伊藤さんは、「甲子園には魔物が棲んでいました」と語る。
「球場には独特のオーラが漂っていて、通常の試合ならあり得ないような展開の連続で、心臓がバクバクして生きた心地がしませんでした。横で観戦していた夫も相当血圧が上がっていたと思うので倒れなくてホッとしました」
千葉県に住むYさん(46才/女性)も甲子園に出場した息子の晴れ姿を現地で見守った。
「実際にアルプス席に立つと、圧倒的な雰囲気でテレビ越しに見ているのとはまったく違いました。とにかく熱気がすごくて、われるような歓声や応援の声に頭がクラクラしたのを覚えています。息子たちが必死に努力する姿をずっと見てきただけに、勝ちますように、勝たなくてもいいからどうか打てますようにと、応援よりも祈ることに必死でしたね」(古川さん)
確かに甲子園には、選手と観客を翻弄する魔物が棲んでいるようだ。
(第2回へ続く)
※女性セブン2025年9月4日号