近年の松方弘樹で印象深いのは2010年の映画『十三人の刺客』だ。本作の松方は、武士としてのたたずまいや立ち回りの凄味で並居る人気若手俳優たちを圧倒していた。
「立ち回りは、いきなり現場ではできませんよ。彼らは刀を持ったことも、差して歩いたこともない。袴も穿いたことがないから、5回も座ったらケツが出ちゃって、そのまま引きずって歩いているもんね。13人を演じた俳優は僕の立ち回りをみんな見に来ていましたが、見ててもできないです。
しかも、あの立ち回りは『動』ばっかりで『静』がない。ですから、僕のカットでは絡みに『俺がジッとしたら動くな』と指示しました。止まるから、初めて動いたスピードも早く見える。だから、僕の所だけ違うんです。でも、『動くな』と言っても、みんな逸るんですよ。立ち回りはちゃんと絡みができる俳優が本当にいなくなった。
ただでさえ芯の出来る主役がいなくなっているのにね。両方が下手なんだから、今の時代劇は見てられないわね。酷い。
昔の映画の所作事が素晴らしいのは、時間をかけているからです。時間というのはお金です。お金があったら、もっと画はよく撮れます。僕らの若い時はテストを20回もやってくれましたが、今は1回か2回ですからね。それでは上手くなりません。今の映像は、金がないのが全てです。俳優さんが悪いんじゃない。体制が悪すぎる。
悲しいです。いい時代を見ているだけに、今のテレビドラマや映画の現場に行くと、悲しい」
●春日太一(かすが・たいち)/1977年、東京都生まれ。映画史・時代劇研究家。著書に『天才 勝新太郎』(文春新書)、『仲代達矢が語る日本映画黄金時代』(PHP新書)、『あかんやつら~東映京都撮影所血風録』(文芸春秋刊)ほか。
※週刊ポスト2014年9月5日号